関越道大型バス単独事故<br>【災害事例ドキュメント】

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関越道大型バス単独事故
【災害事例ドキュメント】

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【救出・トリアージ】 重傷者は「多数」 救急隊長もバス車内からトリアージ開始!

救出に5隊投入 トリアージも車内で

現場の指揮をとる高崎市等広域消防局指揮隊は、現着後すぐに事故のあったバス車内に入り、状況を目で確認することにした。

車内は左右で光景がまるで異なっていた。通路を挟んで右側の座席は比較的原形をとどめていたが、左側は損傷が著しい。防音壁が座席をなぎ倒し、床面も盛り上がってしまっている。衝突の衝撃で空間も圧縮され、潰れていた前方は座席も外れて吹き飛んでしまっていた。その座席と乗客の荷物が散乱し、それに埋もれるように要救助者がいた。

先着した群南中隊長は救助隊長らと協議し、活動方針を決定した。まず、車体右側面に三連はしごなどを架梯し、大型油圧救助器具を活用して窓枠を破壊。さらに窓枠部分を拡張して進入・救出口を設定した。車内での活動は事故車両の前方・中央・後方で局面を割り振り、それぞれに部隊を投入することにした。と同時に、救急隊長も車内に入りトリアージを実施し、それを元に救出順序を決めることにした。

事故車両周辺に集積管理し、効果的に対応した
車内で動けない重傷者が予想以上に多かったことから、救出に必要となるスクープストレッチャーや舟型担架、バックボードが不足した。救急車に積載された装備はかき集められ、事故車両周辺に集積管理し、効果的に対応した。(写真提供:高崎市等広域消防局)
ひたすらボルトを抜く

5時15分、救助活動に着手する。車内に取り残されていたのは17名。東救急隊長によりトリアージが実施され、救出は前方エリアを北救助隊と東ポンプ隊、水槽隊、中央エリアを群南ポンプ隊、後方エリアを中央高度救助隊が担当。安全管理は中央高度救助隊長が担当した。

要救助者たちの負傷程度も極端で、重傷者は車内左側に集中していた。本来は重症者からとなるのが自然であったが、車内の状況から負傷程度に関わらず、まずは手前の救出できる要救助者から救出していくことにした。

「活動スペースがとにかく狭かった。手前の要救助者を救出し、進路を塞ぐ座席や荷物を除去していかなければ、奥の重傷者の救出にかかれないのだ」(田中)

バスの座席は厚手のベニヤ板に固定された構造。衝撃に耐え、床に固定されたままの座席もあったが、ボルトを抜いて取り外し、すべて車外に出した。救出活動は高度な資機材ではなく一般工具が活躍した。

地道に活動障害を排除していかないと、折り重なった状態の要救助者にたどり着くことはできなかった。平成17年に発生したJR福知山線脱線事故では、車両の変形が著しく、時にはシートのスポンジを掘り出しながら要救助者にたどり着いたという。それに比べると、幸いにも今回の現場ではそのような場面はなく、時間はかかるものの比較的スムーズに救出していくことができた。救出時に、開口部の狭さと突起物がネックとなったが、搬送用資器材に収容した要救助者を接触させないよう、細心の注意を払った。

救出が進むにつれ、スクープストレッチャーや舟型担架、バックボードが不足していった。そこで、救急隊だけでなく、救助隊やポンプ隊の車両に搭載されているこれら搬送資機材を事故車両周辺に集積管理し、なんとか対応することができた。

指揮本部に集まった救急隊員
指揮本部に集まった救急隊員。要救助者の氏名、人数などの確認が急がれた。(写真提供:前橋赤十字病院)
苦渋の決断

車内での活動と並行し、事故車両のすぐ近くでは救急隊が自力で脱出していた要救助者に対するトリアージと現場救護所の設営に全力を注いでいた。人員的に余裕がないため、救急指揮所は設定せず、北救急隊長を現場救護所の総括指揮者とし、現場指揮本部が救急活動も一括して取り仕切ることにした。そこに車内でのトリアージを終えた東救急隊長からの状況報告があり、重傷な要救助者が多数であることから、直ちに救急隊の増強要請を決定し、通信指令課へ要請した。

「初期の段階ではまだ、高崎市等広域消防局管内の救急部隊で対応をする方針で、全16隊ある救急隊のうち8隊をこの事故現場に出場させていた。しかし、本災害覚知からこの間に、その他の救急要請が7件あり、全隊出場状態になってしまっていた。そのため相互応援協定に基づき、高速道路沿線の消防本部へ救急隊11隊の応援を要請した」(警防課長・岡田勉消防監/取材当時)

その間も重傷者が続々と救出され、これに対し消防力は劣勢に。

「重症度・緊急度に応じた搬送優先順位を付けなければ…」

状況を見極めた現場の救急隊は黒タグを切っていった。

搬送する救急車両は確保できていたが、次なる問題は搬送先病院の確保だった。日常の救急搬送でさえ苦労する病院選定。しかも、その多くが重傷者のため、受け入れ先病院を可能な限り分散させなければならず、そう簡単に病院を確保することはできない。通信指令課から周辺各病院の許容状況の情報を取り寄せ、目ぼしい病院に次々と連絡していった。並行して通信指令課も受け入れ可能かどうかの調整を行っていた。

ここで、応援部隊が大きな活躍を果たした。

「応援で駆けつけてくれた他本部の救急隊の中には、こうした状況をふまえ、予め搬送先をおさえてきてくれる隊もあった。また、その他の隊も『高速を使えばこの病院も早いよ』といった、地の利を活かした病院選定に協力してくれた。こうした応援隊による搬送以外のサポートにより、傷病者の分散が可能になった」(田中)

現場に集結した救急部隊の連携により、受け入れ先病院も無事確保することができた。そして5時54分、重症者から順に救急搬送が開始された。

現場救護所の状況(イメージ図)
現場救護所の状況(イメージ図)。事故車両後方に現場指揮本部が設置され、その目の前に負傷者の対応を行う現場救護所兼トリアージポストが設けられた。(イラスト:井竿真理子)
見たことのない凄惨な現場 とにかく車内から全員を救出しなくては!
平成24年4月29日(日)早朝、関越自動車道上り線藤岡JCT付近(78.8キロポスト付近)において、 金沢市から東京方面に向かう大型観光バス(運転手1名、乗客45名)が、 道路左側のガードレール及び防音壁に衝突し、大破。乗員乗客多数が負傷した。 午前4時51分、高崎市等広域消防局覚知。以降、消防、医療スタッフによる救助救急活動が実施された。 メディアでは、DMAT要請の遅れが取り沙汰されたが、消防による迅速な救出、 現場トリアージは適切に行われ、助け得る者は救急搬送により一命を取り留めた。
メイン写真:大型油圧救助器具により窓枠部分の切断・拡張を実施する。事故車両後方では救急隊により現場救護所の設営が急ピッチで進められている。(写真提供:高崎市等広域消防局) 文◎木下慎次 Jレスキュー2012年9月号掲載記事

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