座間消防式「認知症患者救急対応法」

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座間消防式「認知症患者救急対応法」

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座間市消防本部に学ぶ
認知症罹患者と接する際のポイント

(1)認知症の可能性に気づく

まずは傷病者のまわりの状況をよく確認し、少しでも普通でない所があれば、疑ってみることが大切だ。

認知症の可能性に気づくことができれば、その後の対処法が大きく変化し、対応しやすくなる。

たとえば【事例4】のケースでは、台所のテーブルの上に10個以上同じ野菜があり、また大量の小銭が入ったビニール袋が置かれていたことから出動隊員が疑問に思い(認知症中核症状である記憶障害と計算力障害への気づき)、通報を依頼した女性に認知症の可能性があるという判断ができた。これにより、最終的には女性から男性の身元を確認することに成功している。

「勘」を養うためには、認知症罹患者の症状を事前に理解しておく必要がある。座間市消防本部では、厚生労働省の「認知症を知り地域をつくるキャンペーン」の一環として行われている、認知症サポートキャラバンの「認知症サポーター養成講座」を、消防職員に対して行っている。事例4に出動した隊員も、養成講座受講者の一人だった。

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同じ野菜を大量に買ってしまうのも認知症中核症状の表れだ。(イラスト/井竿真理子)
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(2)驚かせない。安心感を与える。

BPSD(徘徊や幻覚・妄想、不安・焦燥、抑うつ、暴力・暴言、介護拒否などの症状)を発症している傷病者や家族は、要請したものの搬送を拒否したり、救急隊員に暴言や暴力をふるうことがある。

BPSDは環境・心理状態にも起因しているため、まずは相手を安心させることが大切。傷病者が「痛い、痛い」と言えば「痛いね、辛いね」と本人の言葉を反復すると、自分は受け入れられていると感じ、安心感を与えやすい。

また、救急服や防火衣などの制服・装備が相手に威圧感を与えることもあるので、二次災害の危険がない場合はヘルメットを外すなど圧迫感をなるべく少なくする。脈拍測定の際などもいきなり行わず、必ず一声かけてから行うと、拒否されることが少ない。

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事例で見る

交通事故現場で認知症に罹患している可能性のある高齢者に話を聞いていたところ、現場にいた警察官が一緒に話を聞こうとして、高齢者の周囲を取り囲んだ。すると高齢者は興奮して言動が乱暴になり、警察官だけでなく消防・救急隊員にまで攻撃的になったり、それまで穏やかに話をしていた高齢者が下を向き、まったく話をしてくれなくなった。

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普段着装している装備も、認知症罹患者にとってはものものしく映る場合がある。大人数で取り囲むと、攻撃的になったり逆に委縮してしまうこともある。
(3)急がせない。

一般的に、認知症の罹患者は一度に複数の質問に答えることを苦手とする。

ただ、そのような状態でも自我が失われているわけではなく、質問されていることにうまく答えられない焦燥感からBPSDの症状が悪化し、結果として搬送拒否や暴言・暴力に至ることも少なくない。そもそも認知症に罹患している・いないに関わらず、高齢者は耳が聞こえにくくなっていることもある。救急隊員はわかりやすい言葉でゆっくり話し、質問への回答を急がせないことが大切だ。また、人には安心できる対人距離感覚がある。距離感覚が近すぎても相手を焦らせたり威圧感を感じさせてしまうため、相手が話かけられても安心できる距離を探ることが迅速な活動につながる。

ちなみに、質問に答えなかったり搬送を拒否したとしても、別の隊員が接すると態度を変えることもある。うまくいかないと感じた時には接する隊員を変えてみるといったアプローチも効果的だ。

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(4)相手の尊厳を傷つけない。

認知症はかつて日本では「痴呆症」と呼ばれていた。その言葉の語感のせいなのか、認知症の罹患者は、自分が周囲にどう思われているのかを気にしていないのではないか、という誤解もいまだに根強く残っている。しかし、認知症の罹患者はその場の状況認識力こそ低下しているものの、それが失われたわけではない。健常者と同様、接し方によっては傷つくし、それがBPSDの症状の悪化をもたらす可能性が高い。

そこで認知症である可能性の高い高齢者に対しては、「~をします」といった通告型の口調ではなく、「~をお願いします」「~をしていただけませんか?」といった依頼型の口調や、「~をしましょう」などの勧誘型の口調で語りかけることでコミュニケーションがスムーズになる事例が多い。

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「どこが痛いか、教えてくださいませんか?」適切な距離を保ってゆっくり大きな声で問いかけることで、認知症罹患者は安心して答えることができる。
板倉弘一

板倉弘一いたくら・ひろかず

1955年(昭和30年)、東京都大田区蒲田生まれ。1977年(昭和52年)10月に座間市消防本部で消防吏員を拝命し、2007年(平成19年)から2013年(平成25年)まで予防課職員として社会福祉分野への知見を広める。2013年より消防署第1警備課長として認知症患者の救急対応を追求。2016年(平成28年)3月31日に定年退職後は、再任用となり予防課で審査係をつとめる傍ら、認知症サポーター養成講座のインストラクターをつとめており、署内や警察署員、消防団への教育を行っている。(プロフィルは取材当時のもの)

日本の高齢化率は平成19年に21%を超えた。「超高齢社会」に突入し、高齢傷病者からの救急要請は増加し続けているが、救急の現場で深刻な課題となっているのが、傷病者が認知症だった場合の対応である。ここでは救急現場の認知症患者対応法に長年取り組んできた座間市消防本部の板倉弘一氏に、対応のポイントについて聞いた。
写真・文◎竹内修 Jレスキュー2016年11月号掲載記事

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