Special
最小限の人員と道具で戦う究極のレスキュー
【静岡市消防局―山岳救助隊】
平成26年の御嶽山噴火災害では、山岳救助隊だけでなく、大量の特別救助隊が動員されたのが記憶に新しい。
都市部で活動する救助隊にとって、不慣れな山岳部での活動は困難を極める。
不安定な急斜面を登っていかなければ到達しない現場へのアクセスは、危険を伴い時間もかかる。
十分な資機材を携行することもできない。
要救助者の救助にも山岳部ならではのノウハウが必要になる。
さらに天候はいつなんどき急変するかわからないし、
噴火災害であれば、いつまた噴火するかわからない危険にさらされる。
山岳部では、都市部の救助テクニックが通用しない局面が多々あるのだ。
日本の活火山は計110。うち24時間の観測・監視が必要な火山は50にものぼり、
全国どこでも噴火災害が起きる可能性がある。
登山者やトレッキング、バックカントリーを楽しむ人の増加に伴い、山岳救助事案も急増中。
山岳部がすでに、山岳救助のプロフェッショナルだけの領域とは言っていられなくなった今、
都市部の救助隊であっても、山岳救助の知識を持ち、備えを強化しておく必要がある。
静岡市消防局しずはた山岳救助隊(写真/伊藤久巳)
Jレスキュー2016年7月号掲載記事
写真◎伊藤久巳(特記を除く)
「レスキューの延長に山への対応があった」
参集編成型から常駐型へ
山で発生する救助や捜索は、その特殊性から日本では主に警察や山岳遭難対策協議会等が協力して行っているが、消防でも隊を編成して山岳救助に対応している本部がある。
現在、消防の山岳救助隊は全国に54隊(834名)あり、特別救助隊や消防隊との兼務、出動時編成方式など運用方法はさまざまだ。
静岡市消防局の山岳救助隊は平成3年4月1日に「消防山岳警備隊(隊長以下15名)」で発足した。発足当初は分散配置スタイルで、出動要請が入ってから登録隊員に招集をかけて出動していたが、この方式では参集に数時間を要していた。またトレッキングブームで山岳救助件数が増加してきたこともあり、同局では平成22年に隊を一ヵ所に常駐させる体制に変更し、「山岳救助隊」と名称を変更した。葵消防署平和出張所で常駐体制をスタートさせた同隊は、新東名高速道路の開通に伴いIC近くに開所した千代田消防署しずはた出張所に、開所と同時に配置変えし、平成24年4月1日より「しずはた山岳救助隊」として運用している。
南アルプスの最南端は静岡市
静岡市は駿河湾に面し、県庁所在地のある政令市であることから、山のある市という印象を持つ人は少ないが、市域は2357.05㎢と広大で、南北に長い。市街地は南側のほんの一部で、大部分は山間部が占めているのだ。北端は長野県、山梨県と隣接し、南アルプスの山も抱えている。つまり南アルプスの玄関口が静岡市なのだ。山の形態は400m程度の低山から高山まで、大小様々な山が数えきれないほどあり、さらに平成28年4月に消防業務の広域化により島田市、牧之原市、吉田町及び川根本町が静岡市消防局の管轄となったことから、さらに山岳救助隊の出動エリアは拡大した。
低山では複数隊で活動
同局の山岳救助隊の条件は、基本的には局が規定する特別救助隊の資格を保有し、かつ消防吏員として3年以上の経験を有する者とし、現在は21名2交替制で、1隊最低4名以上、常時4〜5名編成のポンプ隊との兼任で運用している。
南アルプス以外の山岳地での事案の場合、指揮隊、特別救助隊、特別高度救助隊、救急隊も出動し、単独で活動することはないが、南アルプスの山岳事案に関しては、技術や装備に専門性を求められることから、山岳救助隊のみ(連絡員を含めて5名以上で編成)で出動することが局の警防規程で定められている。ただし、静岡県は警察も山岳遭難救助隊を運用していることから、南アルプスでの事案は必ずと言っていいほど静岡県警察との連携がとられている。また静岡市消防局は消防航空隊を運用しており、航空隊と連携しての山岳救助活動も展開している。
出動件数は、平成27年度は山岳救助14件、山岳遭難3件の計17件で、このうち南アルプスへの出動が9件であった(表1参照)。年度によって多少の増減があるが、出動要請の約半数は南アルプスが占めている。近年のトレッキング人気に比例して出動件数も増加傾向にあり、さらに平成26年には南アルプスがユネスコエコパークに登録されたことから、今後の入山者増加に伴う事故件数の増加も懸念されている。また、低山での特別救助隊との捜索救助活動においては指揮隊、特別救助隊とも連携して山の捜索に入るが、その場合もしずはた山岳救助隊が主導権を握り、特別救助隊員には必ず1名以上の山岳救助隊員が付き、指揮隊と連携して活動する体制を採っている。
ヘリ連携による 活動の迅速化
しずはた出張所から車で10分の位置に静岡市消防航空隊が常駐するヘリポートがある。そこで、ヘリが飛行可能な天候であれば、山岳救助隊がヘリに乗り込んで、現場の救助に向かうこともある。山の天候が悪く、ヘリで山までアクセスできない場合には、南アルプスに入山する際の活動拠点となる椹島ロッジ併設のヘリポートまで山岳救助隊を搬送し、そこから隊員らは入山する場合もある。というのも、しずはた出張所から椹島ロッジまでは車でも4〜5時間かかるのだ。出動要請の入った時間帯が日没以降などで、その日入山できない状況であっても、翌日勤務の隊員が早朝までに椹島ロッジに進出し、早朝4時頃から入山を開始し、ヘリと衛星携帯電話で連携を取りながら救助を試みるなどの活動も行っており、ヘリは迅速な山岳救助には欠かせない存在といえる。とはいえ、山で足を滑らせたり、急に雨になって低体温になるなどの救助事案は、天候が悪いことに起因していることが多く、ヘリが飛べない状況であることも多く、毎回ヘリをあてにすることはできないのも事実だ。
開山前のヘリ連携の確保
4月の配属後、同局ではヘリ連携のための教養を急ピッチで集中的に行っている。というのも、南アルプスの開山式が毎年7月16日に控えており、開山式を境に一気に入山者が増えるため、それまでに航空隊との連携体制を確立しておく必要があるからだ。
山岳救助隊員の中には、配属から10数年経つベテラン隊員もいるが、定期の人事異動で必ず山岳救助1年目の隊員もいる。中には大学の山岳部を経験した者もいるが、山の経験がないまま配属される隊員もいる。山岳救助隊員はヘリに搭乗し、ホイスト降下救助が行える知識と技術を備えていなければならないことから、毎年、パイロットによるヘリの特性と救助活動の注意事項を説明する座学を2回、格納庫内の専用施設で訓練するホイスト降下訓練を17回、実機訓練を6回、さらに県消防防災航空隊での技術訓練も行っている。
捜索は長期戦に
山岳救助隊の活動には、滑落者や転倒者の救助や山中で具合が悪くなった人の搬送を行う「山岳救助」と、遭難者や計画の日に下山してこない人を探す「山岳捜索」の主に2つの活動がある。ヘリが運航できれば活動はスピーディに行えるが、そうでなければ長時間化する。昨年12月に発生した竜爪山(標高1041m)での山岳捜索では、夕方18時頃に「道を間違えて身動きがとれない」との通報が携帯電話で入った。その日のうちに千代田消防署指揮隊、千代田特別救助隊、清水高度救助隊、しずはた山岳救助隊、千代田救急隊の5隊が出動。携帯電話のGPS機能で北緯東経を割り出し、山岳救助隊が保有するGPSに入力し、地形図を見ながら手分けして捜索を展開。各チームに必ず1名以上の山岳救助隊員が付き、登山道だけでなく、行けそうな尾根があれば入る。通報者と携帯電話で連絡を取りながら、隊員が声掛けをし、声が近いか遠いかを判断してもらうが、山の中では声が反響しているので、反対側から聞こえているように錯覚する場合もある。この時はGPSによりおおよその場所は特定できていたとはいえ、発見までに3時間を要した。低山といっても、この時のように途中で滝が出てきたり、登山ルートを一歩間違えると発見が難しい山もある。捜索活動では、地図を見ながら登ったり降りたりする読図訓練が欠かせない。
平均すると、出動要請が入って登山口までに進出するのに2〜3時間かかり、そこから登山道を登るのに4〜5時間かかる。そこからの捜索となると丸1日の活動となる。山岳救助隊の登山スピードは早いほうだが、それでも山岳救助は時間がかかるのだ。
さらに隊員は負傷者を背負って下山しなければならない。隊員2名で交替しながら7時間かけて下山するという事も珍しくない。要救助者の体重が救助者よりも重い場合もある。しかも標高2000メートルを超える酸素の薄い状況では、隊員は背負って5分歩くだけでも疲れを感じるという。訓練を積んだ隊員ですら、高山病になって活動に不安を覚えることがあるというほど過酷な活動なのである。
山岳救助の第一ステップは登山経験
しずはた山岳救助隊では、全隊員が月1回の現地訓練を実施。訓練の日は早朝より計画した山に入山し、登山道の調査、ヘリの救助ポイントの確認、要救助者の搬出ルートの確認、山を歩く能力の向上を図っている。南アルプスにおいても夏季の縦走・ビバーク、夜間縦走訓練(テントでの野営)、冬季の歩行・滑落停止訓練を実施している。この他にも、隊員は自己研鑽のために、非番であっても隊員同士で声をかけ合い、登ったことのない市内の山を登り、ルートを確認しながら足を鍛えている。
「山岳救助の第一歩は歩いたことのある山を増やしていくこと。夏になれば先輩隊員が新人を連れて南アルプスの山を登り、どういう登り口があるのか等、山を覚えることから山岳救助はスタートする。管内はすべての山を登り尽くすのは無理だと言うほど山が多いが、出動要請が入った時に、その山のことを知らなければベテランの隊員でも不安になる。経験不足は自身の怪我につながるので、先輩が言わなくとも、隊員はみな危機感を持って山に取り組んでいる」(望月副隊長)
「山岳救助隊という名前を持っている以上は、対応できないことは負けを意味しているので、プライドを持って、相当な努力をしている」(繁田隊長)
南アルプスの山は夏場、比較的天気が悪いことが多い傾向にあるという。ヘリからのホイスト降下で山に入っても、天候が急変して隊員は山にとどまるか自力で下山しなければならない。そのため山に新人に隊員だけを降ろすことは決してなく、最初に必ずビバーク能力のあるベテラン隊員が降りるようにして、隊員の安全管理も徹底している。
滑落救助にはロープレスキュー
山の救助では、要救助者の引き揚げ、搬送等にロープレスキュー技術が欠かせないが、システムを組む際の条件が、都市部で特別救助隊が実施するロープレスキューと異なる。まず、隊員が資機材を背負って登山しなければならないため、携行する資機材は車両で搬送する時のように大量には持ち込めない。救助用の装備にも食料、水、テント、衛星携帯電話等が加わり、4〜5人の隊員で分配して入山することになる。多くなるとそれだけ活動スピードは落ちるので、装備は最低限に絞られ、現場で足りなくなっても増強できないので、システムの組み方もシンプルにせざるを得なくなる。また隊員間で携行する際に、自分がどの程度の重量を背負っていけるのか、自分の能力を把握しておく必要もある。マンパワーも必要最小限で臨んでいるため、能力以上の無理をして一人でもダウンすれば、救助活動が中断されることになりかねないからだ。
しずはた山岳救助隊の救助方針は、安全に活動することを第一に、ロープレスキューはリスクコントロールができる範囲でシンプルな方法で行うようにしている。例えば1チーム5人のうち3人の隊員を低所に降ろして救助しなければならない状況になれば、バックアップのビレイを確保する人員が確保できなくなる。そんな時に、傾斜がきつくないかどうか、危険性はどの程度かを総合的に判断し、時にはビレイなしで行うこともある。
「そこにある資機材と人員で対応しなければならないのだから、隊員は引き出しを何個も持っておかなければならない。人と装備が充分にあれば完璧な救助ができるが、山ではそうはいかない。静岡市消防局の山岳救助も最初からこのやり方だったわけではなく、最初の頃はもっと多くの資機材を持ち込んでいた。しかし、それでは隊員の動きが制限され、到着にも時間がかかるというので、少しずつツールも絞って試行錯誤してきた」(望月副隊長)
都市部の救助隊とは異なる戦術だが、より早く要救助者に接触して安心させることを一番に考えた結果、現在のしずはた山岳救助隊の活動スタイルが確立されたのだ。
次のページ:
しずはた山岳救助隊の装備