Special
通信指令員の腕を磨くトレーニング法
救急講習等を活用した口頭指導シミュレーション訓練
【西宮市消防局】
Jレスキュー2018年7月号掲載記事
写真◎有村拓真、西宮市消防局
口頭指導の効果を知りたい!
救急救命の分野で、119番通報段階での通信指令員の「口頭指導」が重要性を増している。『JRC蘇生ガイドライン2015』においても「口頭指導を実施する通信指令員の能力を最適化することは、傷病者の転帰改善に重要な意味を持つ」と示されている。西宮市消防局の通信指令員に対する口頭指導教育は、これまでにも勤務時間中に適宜行われていたものの、具体的な教育カリキュラムや指令課員が履修すべき目標時間は何ら定められていなかった。平成28年度から指令課員に対する口頭指導教育の見直しに着手した同局は、救急救命士の指令課員を講師とする16項目、指令課員一人当たり年間25時間の履修を目安とする教育カリキュラムを作成した。その中に口頭指導に関する検討会とシミュレーション訓練の時間を設けたが、そこで浮上したのが一つの疑問だった。
「我々の口頭指導は、電話口の市民にちゃんと伝わっているのだろうか?」
通信指令員が電話越しにCPRの手順を口頭指導したとしても、現場で通報者が実際にどう動いたのかを確認する手段が通信指令員にはないのだ。「これでは、口頭指導手順を分析・検証しようと思っても、できないよね」というのが指令課員から出た意見だった。
そうだ! 救急講習に参加してみよう!
どうすれば口頭指導に対する市民のリアクションを見られるか?
「消防局で開催している救急講習会を活用できないだろうか?」
指令課の加藤係長が救急課に相談したところ、救急課はこの提案を快諾。指令課員が消防局で開催されている救急講習会に参加し、口頭指導シミュレーション訓練を実施することになった。講習会では、最初に指令課員が、119番通報の仕方や口頭指導について説明し、通信指令員の行う口頭指導を知ってもらう。次に、実際に119番の訓練通報をしてもらい、通信指令員の口頭指導を受けてもらう。
〈訓練方法〉
① 救急講習受講者の代表者1名に想定を与え、実際に119番の訓練通報をしてもらう。
② 通報を受信した通信指令員は必要事項を聴取し、通報者に対して口頭指導を実施する。
③ 訓練終了後、講習会に立ち会った指令課員が、口頭指導を実施した通信指令員に市民のリアクションをフィードバックし、その内容を検証・分析する。
ポイントは、心肺蘇生やAEDの取扱いの指導に入る前に実施すること。実技の受講前に実施することで、予備知識のない一般市民が口頭指導をどう受け取り、行動に移すのかを検証することができるのである。
伝え方を変えると、効果が上がった
この口頭指導シミュレーション訓練を継続して行うなかで、さまざまな課題が見えてきた。
「一番大きな発見は、胸骨圧迫テンポの伝え方でした。JRC蘇生ガイドライン2015では1分間に100~120回とされていますが、通報者に『1分間に100回から120回のスピードで押して』と伝えても、とっさにどの程度の速さかわかる人は少ないです。そこで、当初は『1、2、1、2、と言いますから、そのリズムに合わせて胸を押してください』と指導していたのですが、訓練の中で「1」で押して「2」で戻す市民の方が見受けられました。本当は「1」でも「2」でも押してほしいのに、「2」は『戻す』ととらえる方がいるとわかり、次は『トン、トン、トン、トン』という言い方でリズムを伝えることにしました。するとテンポはうまく伝わったのですが、次のステップとして、別の指示を出すと、その段階で胸骨圧迫の手を止めてしまう市民が多い、ということが判明しました。そこで、最終的に電子メトロノームを導入し、通信指令員の襟元のマイク近くにとりつけ(写真参照)、鳴らし続けながら『このリズムでずっと押し続けてください』と説明することにしたんです」(加藤)
また、傷病者がうつ伏せの状態では、呼吸の確認や胸骨圧迫はできなので、最初にどんな姿勢でいるのかを確認した方が良いこと、両手をあけるために電話をスピーカーモードにしてもらうなどの課題が抽出された。実施者にアンケートをとることで見えてきたこともあった。たとえば市民は、通信指令員から『説明しますから、胸骨圧迫をやってください』と言われると不安に感じるという。そこで言い回しも『私が電話口でサポートしますから、一緒にやっていただけませんか?』という言い方に変えるなど、市民の声が口頭指導の改善につながった。
通信指令員の意識も変化
以前の指令課は、口頭指導に対する意識が今ほど高くなく、通報時の口頭指導の実施件数も、一定数で横ばい状態であった。しかし、救急救命士による研修や口頭指導シミュレーション訓練などを通じて、救急業務でいかに通信指令員の役割が重要であるかを指令課員全員が理解するようになった。救急隊到着まで電話を切らず、動揺する通報者を励まして口頭指導を行ったり、近くのAED設置場所を地図で確認して伝えるなど、口頭指導に対してより積極的な姿勢が見られるようになった。またCPA疑いの通報に対しては、受信者以外の通信指令員も率先してサポートに動き、複数名で対応するなど、指令課員の口頭指導に対する意識は確実に高まっている。
指令課員に占める救急救命士の配置数も増え、平成30年度は指令課の2交替制隔日勤務職員23人中8人が救急救命士である。同局における口頭指導実績向上の背景には、救命士による救命の意識付けと、系統立てた口頭指導教育の相乗効果が大きく影響している。
社会復帰した奏功事例
この訓練を開始して1年が経とうとしていた今年3月、実際の通報でCPAの死戦期呼吸を通信指令員が見抜き、口頭指導による通報者の処置で救急隊到着前に心拍・呼吸が回復し、社会復帰に至った奏功事例があった。
通報者が「呼吸は多分、大丈夫です」と自信なく答えるのに対し、通信指令員は死戦期呼吸と判断。「心肺蘇生をする必要があります」と指示し、胸骨圧迫の実施とAEDの手配および装着を指導し、電気ショックまで実施できたのだ。
担当した通信指令員は、指令課の配属になって1年目だったが、救急救命士として通信指令員の口頭指導を指導する立場にあった。この事例は他の通信指令員に口頭指導の重要性、1秒でも早い救命処置がいかに重要であるかを再認識させ、指令課員のモチベーションを向上させる大きな出来事となった。
「当局では職員の若返りが非常に進んでおり、指令課でも若い職員が増えています。指令課に配属された若い職員の中には、『もっと現場の最前線で人の命を救いたい』という思いを持って異動してくる職員もいます。しかし、そうした若い職員がこの奏功事例を目の当たりにして、私たち通信指令員だからこそ救える命があるんだということを認識し、指令業務に対しより主体的に取組んでくれていると実感しています」と加藤係長。この新たな口頭指導教育は、若い指令課員の大きな刺激にもなっているようだ。
【実施例】
消防司令 加藤久也警防部指令課 指令第1係長
発案者