海上保安庁のレスキュアーは、たとえ現場の第一線から退いても潮っけをまとい続ける

寺門 嘉之 Terakado Yoshiyuki

Terakado Yoshiyuki 海上保安庁 第三管区海上保安本部 警備救難部救難課長

Interview

海上保安庁のレスキュアーは、たとえ現場の第一線から退いても潮っけをまとい続ける

海のレスキューの頂点、海上保安庁 特殊救難隊の隊長として活躍し、国内外の大規模な自然災害への出動経験も豊富な寺門嘉之氏は特殊救難隊のレジェンド。
本インタビューでは、現場の前線からは退いた現在も、現役の特殊救難隊の声を聴き、現場感覚を常に持ち続ける寺門氏の姿に、レスキュアーとしての矜持を見た。

文◎柿谷哲也(軍事ジャーナリスト) 撮影・写真◎岩尾克治
Jレスキュー2020年3月号掲載記事

Twitter Facebook LINE
全国で最も有名な、特殊救難隊の元隊長

海上保安官、寺門嘉之。おそらくは海上保安庁で最も知られた人物だ。学生の時からライフセーバーとして海難救助に携わり、海上保安庁に入庁、そして救助部隊の頂点である特殊救難隊長を経て今も海難救助の後方支援の第一線にいる。平成18年、各分野の第一線で活躍する人物に焦点をあてたNHKの人気番組「プロフェッショナル仕事の流儀」出演に声がかかった。ドラマや映画ではない本物の「海猿」の声を初めて聞いた視聴者は、寺門が語るリアルな海難救助の現場とレスキュアーとしての考えに引き込まれた。番組の最後には必ずカッコいいテーマソングと共に「あなたにとってのプロフェッショナルとは」と問う。出演者はそれに回答を出す。寺門はこれに「プロであり続けるための自覚と努力、責任を背負う」というごく当たり前の、社会人なら誰でも持つ答えを出した。しかし、質問の直前のシーンで、海難救助で引き上げた船員が病院で死亡し、その知らせに「下を向くことは許されない」とのナレーションがあった。寺門の答えにこう感じた視聴者もいたのではないだろうか。「普通のプロ意識だけでは成り立たない、つらい気持ちを乗り越える意識が必要」「海上保安官とはみなこういう意識をもっているのではないだろうか」と。海を仕事場とする船員や漁業従事者ならば、そこに「安心の裏付け」を見たに違いない。職人やスポーツ選手など個人を取り上げることが多いこの番組で、組織の一員である公務員が出演するのは異例だ。

この出演をきっかけに寺門はいくつものメディアに取り上げられ、海上保安庁の救助の取り組みを国民に伝えた。

しかし、芸能人や文化人とちがい、一般人それも公務員が有名になると、同時に周囲から期待され、それがプレッシャーになることもある。寺門も「初めて会う職員でも、自分のことを知っているという職員が多くて……」とメディアの影響力を感じると話すが、だが相手が抱く期待感に応えようとしたり、プレッシャーを感じたりすることをポジティブな意識に変えることは、寺門にとってはそれほど難しいことではなかったようだ。それは寺門が海上保安官になる前から「ヒーローとしての責任」を無意識のうちに持っていたからだろう。海上保安庁 横浜海上防災基地の会議室における2時間にわたる取材で筆者はそう感じた。

現在は第三管区海上保安本部、警備救難部救難課で隊の指導、支援にあたる寺門嘉之課長。
現在は第三管区海上保安本部、警備救難部救難課で隊の指導、支援にあたる寺門嘉之課長。
目の前で展開されたヘリ吊り上げ救助に、心を掴まれて

体育の教員を目指して体育大学に進学した寺門は、ライフセービングに真剣に打ち込んでいた。海上保安庁に入庁する以前にすでにライフセーバーとしてレスキュアーであったのだ。運命はある年の海開きイベントだった。そこで寺門は、自分たちが行う救助デモンストレーションに続いて行われた海上保安庁のヘリコプター救助に目を奪われた。

「現代のように何でもウェブで情報が得られる時代ではない当時、その光景はまるで映画のワンシーンを見るようで、『あれをやりたい』と直感的に思った」

寺門の目指す目標がハッキリした瞬間だった。「当時すでにオーストラリアではライフセーバーがヘリコプターを使った救助活動を行っていたので、日本でも将来的にそうなるかもしれないとは考えたことがあったが(日本では未だにそれは実現していない)、すでにそれができる組織があるのならば、いち早く行きたい」と海上保安庁への入庁を決意した。

舞鶴にある海上保安学校を卒業した寺門が最初に赴任したのは横浜海上保安部の救難強化巡視船。そこでまずは潜水士を目指す。

「当時は今と違って救難強化巡視船に乗った順番で潜水士になる制度。体力には自信があったが、自分をはるかに上回る体力や知識、技術を持った先輩の潜水士希望者がたくさんいて、さらに潜水士のほとんどが特殊救難隊を希望していた。まずは、身近な先輩を目標にして、その先輩を追い越さなければ特殊救難隊の道は拓けないということをまざまざと見せつけられた」

そんな寺門は、巡視船に乗船して2年目、平成6年後期の潜水研修を修了して、潜水士となり、わずか4ヵ月後の平成7年4月、異例ともいえるスピードで特殊救難隊に抜擢された。

「先輩方を飛び越えて特殊救難隊に入ったので、あとから入ってくる先輩にも納得してもらえるようにならなければという責任感、プレッシャーはあった」

体育大学で科学的なトレーニング方法などを専門的に学び、ライフセービングで救助技術を身に着けていたことも特殊救難隊に早くたどり着いた一因だが、上司が寺門の資質を評価し、先見の明があったのだろう。とはいえ、新人が大学で習った科学的なトレーニング法やライフセービング技術を取り入れるには時間をかけた。自ら発する言葉に説得力を生むために、まず特殊救難隊員として結果を出すことに専念した。

体育大学で科学的なトレーニング方法を学んだ寺門は、最大のパフォーマンスを発揮できるトレーニングと休息の取り入れ方、栄養の摂取方法などを徐々に隊に浸透させていった。
体育大学で科学的なトレーニング方法を学んだ寺門は、最大のパフォーマンスを発揮できるトレーニングと休息の取り入れ方、栄養の摂取方法などを徐々に隊に浸透させていった。
平成18年、特殊救難隊副隊長時代の寺門(写真右から3番目)。
平成18年、特殊救難隊副隊長時代の寺門(写真右から3番目)。
洋上救助で培われた、精神と体力のコントロール

寺門が特殊救難隊に入って最初の出動は岸壁から転落した自動車からの救助。家族やギャラリーが現場にいる中で、救えなかった命と向き合うこととなった。ライフセービング時代の1分1秒の争いから環境は一変し、要救助者にたどり着くまでに、どんなに準備をしていても何時間もかかるという現実を突き付けられた。「助かる時間をはるかに超えてしまっている現場に行く。その切なさはライフセービングの現場とは全く違いました。我々の活動は、救えない命の方がはるかに多い」と当時の気持ちを話した。

特殊救難隊の救助現場は遥か洋上であることも多い。現場まで長時間に渡り精神的に維持することは簡単ではないはずだ。

「現場まで何百マイルも離れていて、巡視船で2、3日かかることもざらにある。ここぞというところにONのピークを持っていくよう、移動中は体も気持ちも温存する。そういう術は私だけでなく海上保安官ならだれもが得意だと思う」

平成16年のスマトラ沖地震で国際緊急援助隊・救助チームとしてプーケットに派遣された時の話。「成田に集まった時点から現地に到着するまで、消防や警察は緊迫した空気で、機内での移動時間も事前準備に余念がない。一方、私たちは普段の出動と変わりなく、今のうちに休んでおこうという感じだった。その代わり、現地に着いたら『俺たちが先導してやるぞ』と声をかけ、特殊救難隊が率先して何台ものトラックに資機材を積み込む指揮を執った。私たちは普段から出動の過程で航空機や巡視船での資機材の積み下ろしをやっていますからね」

つまり、寺門らは現場進出の過程でも、どこで体力を使うかを見抜き、機内では体力を温存していたのだ。NHK「プロフェッショナル」の番組で「緊張状態は長続きしないので、出動中はONでありながら限りなくOFFに近い、ある一線の緊張感を保った状態を維持しておき、いざというときに体と心をピークに持っていくよう心がけている」と言っている。洋上での救助活動では、現場に進出するのに航空機や巡視船で数時間あるいは数日間に及ぶこともあり、海上保安官ならではの極意であろう。

一方で、「現場では消防や警察の指揮命令系統は、海上保安庁と比べて、発する言葉も細かくマニュアル化されていて、誰が何をやっても同じようにできるように現場の品質を担保しているように感じた。海上保安庁では、海という特殊な環境下にあるからか、現場判断が尊重され、個人の裁量が大きいので、そこに組織の特性の違いを感じた」

右から三番目が寺門氏。
右から三番目が寺門氏。
海上保安庁の救助チーム

海上保安官約1万4000人のうち約半分は現場、船に乗船し救助に携わる海上保安官となる。

その中で直接海に潜るのが潜水士。潜水士は全国で121名、11の各管区にある救難強化指定船、潜水指定船に配属され、普段は巡視船の航海士、機関士、通信士などの乗組員として船の運航に携わっている。

海難事案があれば、船の乗員が救助に携わるが、潜水士は潜水士でなければできない海面と海面下に潜った作業を行う。この潜水士から選抜して、羽田にある特殊救難隊に37名が配属される。細かく言うと部隊は6チームあり、そのうち1チームは9ヵ月間の研修を行い、残りの5チーム30名が海難に対応する。

また、全国の9つの各航空基地に9名の機動救難士が配置されている。そのうち半数は救急救命士の資格を持ち、機動救難士にはヘリコプターでいち早く現場に到着して対応する迅速性が求められる。

次のページ:
「あの頃の感覚を忘れていないか?」

Ranking ランキング