「何が何でも、生存者が絶対優先だ!」

岡田 敏幸 Okada Toshiyuki

Okada Toshiyuki 神戸市消防局 警防部 警防課 救助係長 消防司令

Interview

「何が何でも、生存者が絶対優先だ!」

写真・文◎伊藤久巳 写真協力◎神戸市消防局
Jレスキュー2019年3月号掲載記事

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本部との連絡途絶のなか 2名1組での救出作業

「最初は緩い揺れがあり、次の瞬間、いきなり酷い縦揺れが来た。とりあえず『下にもぐれ!』と隊員に指示した」

阪神・淡路大震災が発生。岡田敏幸救助係長が神戸消防の救助を振り返るのに、そこでの活動を避けては通れない。

岡田は当時、須磨消防署に配属され、西部方面専任救助隊で副隊長を務めていた。そして、震災の起きた1月17日早朝は、前日からの当番日に当たり、公休日の隊長に代わり隊長代行として隊を率いていた。深夜には第2出場規模の火災があり、そこから引き揚げて書類整理などが一段落した頃だった。

揺れがおさまると同時に電話や無線で本部への連絡を試みるも、まったく通じる気配がない。出場指令も来なければ、こちらからの状況報告もできない。車庫に降りると、そこには30センチほどの亀裂が上下に走り、待機している消防車両は揺れによってすべて数メートルも動いていた。そして漂うガスの強い匂い。周囲にいた隊員に矢継ぎ早に下命した。

「ガスを止め!」
「地図持ってこい!」

道路にはがれきが散乱し、消防車両が走れる状態ではない。救助隊員は自分を含めて4名。地図に印を付けて分担を決め、2名1組となって逆方向へと散らばった。その際、隊員にはこう下命した。

「死者は何人もいる。声をかけて応答のある人だけを救出しろ!」

建物の屋根が接地してしまうような状況のなか、道路を進むも、あらゆるところで要救助者の家族から「助けてくれ!」と腕を引っ張られる。

「生存が確認できた要救助者を最優先で救出していきたいが、倒壊した家屋のすべてから呼ばれる。家族や知り合いが閉じ込められているのだから当然だ。そのなかで、救出すれば生還できる要救助者を優先させなければならないことが、とにかく大変だった」

見慣れた街並みが一変した平成7年1月17日の阪神・淡路大震災。(写真提供/神戸市)
見慣れた街並みが一変した平成7年1月17日の阪神・淡路大震災。(写真提供/神戸市)
大災害では客観的になれ
情に左右されるな

こうして震災当日は一睡もできずに救助活動を続けた。前夜も深夜に大きな火災出場があったため、翌日になると丸二日寝ていない計算である。

「こんなことがあった。ふたりの小さな女の子が倒壊家屋に挟まれている現場があった。生きている、助けたい。だが、生存が確認できない別の現場から、『こっちを助けてくれ』と腕を引っ張られる。さらに一見して不良グループとわかる十数名の若者集団から、『なんでいわれたとおりにせんのや!』と囲まれてすごまれる危険な状況となった。だがグループのリーダー格の男に、『救える命から救うしかない、君らにそれを手伝ってほしい』と真摯に訴えると、『よっしゃ』とリーダー格の男がグループに号令をかけ、即席の救助チームが出来上がった。『がれきは引っ張らずに、上から剥がすだけにしないと怪我をするからな』などと伝えると、彼らは大きな戦力となってくれた」

大都市での大震災では建物倒壊が同時多発するため、あらゆる倒壊建物内に要救助者が存在する状況となる。そのなかから、いかに生存者を優先して救出するかが課題だと岡田は説く。

「大災害現場ではたんたんと冷静に活動しないと機能しない。客観的になること、情に左右されないことが大切だ。感情移入してはいけない。あきらめない気持ちを持つことは当たり前。広い視野で、つとめて冷静な精神状態にもっていかないと活動できない。そして、何が何でも、生存者が絶対優先だ」

発災から3日目、1月19日も救助活動が続く。 (写真提供/神戸市)
発災から3日目、1月19日も救助活動が続く。(写真提供/神戸市)
歯が立たなかった苦い思い
他消防との連携の重要性

「阪神・淡路大震災が大きな基点となった。消防の装備や人員、組織力では歯が立たなかった苦い思いは、神戸市消防局全体として大きな成長のきっかけになったように思う。震災を機に緊急消防援助隊が制度化されたが、消防が管轄区域を越えて活動するのだから、他都市消防との連携が重要だ。兵庫県では、毎年県下の各ブロックから救助隊員を選出し、テーマを決めて救助技術について研究、検証している。この成果は年に一度開催される『兵庫県下救助技術研究会』で発表されるが、大規模災害では県下の救助隊員が共通の手技と認識により連携することとしており、東日本大震災をはじめ緊援隊の現場活動で活きている」

さらに救助活動という枠だけでなく、以下のような取り組みも行われている。

「神戸市では広域的かつ大規模な災害が起こった場合、公的支援では限界があるため、防災福祉コミュニティを市内各地域で結成し、自助、共助の精神で地域の防災力を向上させてきた。この防災福祉コミュニティは現在、市内全域192地区で結成されているが、救助隊では小隊単位または個人で担当地区を受け持ち、防災訓練や地域のイベント参加などの活動支援を行っている。これらの活動ではコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力も必要だ。ひと昔前の救助隊は、高い救助技術と知識を武器に災害現場で中心となって活動することが主な活動だったが、時代が変わり幅広い能力が問われるようになっている」

がれきの山に言葉を失う消防隊員。(写真提供/神戸市)
がれきの山に言葉を失う消防隊員。(写真提供/神戸市)
現場にいる自分たちで決断し、最善を尽くせ

平成17年にはJR福知山線脱線事故が起きた。当時、岡田は長田消防署で第4方面専任救助隊の隊長を務めていた。兵庫県広域消防相互応援協定に基づいて出場し、もっとも死者の多かった1両目で4名だけが生存という難しい現場を担当した。

横倒しになって破壊された車両のなかに、複雑に折れ曲がった車体の金属と多くの遺体。そしてその間隙に、わずかに残された生存者たち。先着隊が横からの進入を試みるなか、神戸消防の2隊の救助隊を指揮していた岡田は、「これは上からアプローチしないと無理かもしれない」と考えた。

「上部からの進入ルートを探せ!」

破壊された車両とビルのがれきが折れ重なったような1両目の現場に対し、隊員に上からの進入口を探すことを下命すると、上部に人間が通れるか通れないかという隙間があるのを隊員が発見。ただちに救助活動に移行し、翌朝4時までに生存者3名を救出した。

「突き詰めれば、現場で活動できるのは自分たちしかいない。活動内容もその順序も、自分たちで決断し、与えられた環境で最善を尽くさなければいけない」

それこそが、内外の救助現場で勇戦してきた岡田の信条である。

JR福知山線脱線事故ではもっとも被害の大きかった1両目から3名の生存者を救出した。
JR福知山線脱線事故ではもっとも被害の大きかった1両目から3名の生存者を救出した。
発隊時から引き継がれる レスキュースピリッツ
―岡田敏幸救助係長に聞く―

「昭和41年から翌年にかけて、20名の隊員が陸上自衛隊富士学校において訓練を受け、翌昭和43年に神戸市専任救助隊が発足した。体力的にも精神的にも非常に厳しい訓練を乗り越えた精鋭12名によりスタートした」

消防は火を消せばいいという時代にあって、人命救助に目が向けられた、いわば救助の黎明期でもある。

神戸市では独自に神戸市消防学校を持っており、初任科教育のほか専科教育を実施している。この専科教育に組み込まれているのが救助課程だ。これをパスするのが、消防隊員が救助隊に配置されるための第一関門である。

所属する消防署長から推薦されて選考会に臨み、これを通過した隊員だけが救助課程を履修できる。課程では救助技術実技や知識の習得など厳しい訓練の毎日。すべて修了した隊員に救助資格が付与され、救助隊勤務の資格を得る。これは専任救助隊だけでなく兼任の署救助隊でも同じことで、「お前はやる気と見込みがあるから」と無条件で救助隊に配置される世界ではない。なお、特別高度救助隊に配置されるには、さらに上級の特別高度救助課程を修了する必要がある。

「救助課程では、災害現場でけっして諦めない強い気持ち、強靭な体力、そして何よりも部隊活動の基本となるチームワークを醸成することを目的として、通称『テンマイル走』を実施している。課程のしめくくりに、深夜から早朝にかけて隊列を組んで歩調を合わせながら、六甲山を約30キロ走破するものだ。平成30年度も11月の選考会で選ばれた27名の研修生による救助課程が実施されたが、全員が完走した。ゴールした研修生の姿は雄雄しくも頼もしく、研修前と比べてひと回りもふた回りも成長した印象だ。発隊当時からのレスキュースピリッツがしっかりと受け継がれていると実感した。時代の変遷とともに、災害の形態も大きく変化した。大規模な風水害や地震災害、特異な火災などが全国至るところで発生している。多様な事象に対応するには、敏感な感覚と広い視野にくわえ、高い技術と知識が必要だ。50年にわたって培ってきた『不屈の精神力と気概』をしっかりと守りつつ、頼もしい『オレンジ服のレスキュー隊』であり続けたい」

Profile

岡田 敏幸

岡田 敏幸Okada Toshiyuki

昭和61年10月1日 神戸市消防局長田消防署消防士拝命
第11期神戸市救助課程修了(昭和61年)
救助課程終了後、長田消防署救助隊、須磨消防署西部方面専任救助隊、生田消防署第2方面専任救助隊、兵庫消防署救助隊を経て、長田消防署第4方面専任救助隊で隊長を務める。
垂水消防署中隊長を経て、水上消防署特別高度救助隊隊長。その後、神戸市航空機動隊で航空救助係長、長田消防署中隊長を経て、平成30年7月から現職。
IRTとしてトルコ共和国地震災害派遣(平成11年)、兵庫県広域消防相互応援協定でJR福知山線脱線事故派遣(平成17年)、緊急消防援助隊として東日本大震災派遣(平成23年)などで活躍。

写真・文◎伊藤久巳 写真協力◎神戸市消防局 Jレスキュー2019年3月号掲載記事