PH試験紙は化学剤検知に使えるか?<br>HAZMATとCBRNの流れを踏まえて<br>【後編】

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PH試験紙は化学剤検知に使えるか?
HAZMATとCBRNの流れを踏まえて
【後編】

Jレスキュー本誌の連載「世界のCBRNe 最新トピックス」の著者の浜田昌彦氏の記事をJレスキューWebでも掲載。今回のテーマは「PH試験紙は化学剤検知に使えるか?」。著者の経験と近年の事例を交えて前後編で掲載します。

文◎浜田昌彦

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東武アーバンパークラインでの異臭騒ぎ

2022年6月24日朝、東武アーバンパークライン(東武野田線)の柏駅発大宮駅行き普通列車の車内で不審な液体が見つかり、実際に2名が搬送された事件があった。関係者は「サリンかもしれない」と緊張しただろう。だが、千葉県警察本部刑事部捜査第一課は、7月1日にはその液体が列車の洗車機の水である可能性が高いと発表した。それまで、威力業務妨害事件の可能性もあるとして捜査していたが、事件性はないという結論となった。

洗車を再現したところ、液体が見つかった車両の自動ドア下部から水が車内に浸入したということである。乗客から事情を聴くと、柏駅に向かう途中で、すでに液体が確認されていたという。

だが、現地の野田市消防本部としては朝から対応せざるを得ない。同年11月のある日、現場に行った3名から話を聞くことができた。当日は、まだコロナ禍の最中であり、さらに野焼きもあってバタバタしていた。救急車は流山から応援を受ける状況だったという。話せない裏話もかなりあったらしい。Aさんは、過去の図上演習を思い出し、とりあえず駅全体をホットゾーンに設定して対応することにした。検知管を一通り試し、何の反応もなかった。そこで「PH試験紙」を使っている。その液体は中性であった。洗車機の水だから当然である。

なお、野田市消防本部ではこの後にこれまで苦労していたCBRN関連予算が一気についたらしい。国産化学剤検知器や検知紙などを導入したという。

ただ、ここで注目すべきは、おそらくサリンのような化学兵器ではなさそうだというケースでPH試験紙は意外に役に立つということである。そう割り切って、M8検知紙や国産検知紙を併用しながらPH試験紙を使うことには何ら問題はないだろう。

気体には使えない!

Wikipediaで「M8検知紙」を検索してみる。そこには、こんなことが書いてある。

M8化学兵器検知紙(M8かがくへいきけんちし、M8 Chemical Agent Detector Paper)は化学兵器の検知器剤である。アメリカ軍においては、1963年に採用された。
小冊子に束ねられた紙片であり、紙片を切り取り、試験対象の液体に接触させることにより、化学兵器の検知を行う。M8は黄褐色の紙片であるが、液体に触れさせ、それに化学兵器が含まれていた場合は、紙片内の色素が反応し、30秒内に化学剤の種類に合わせて変色する。液体の検知に用いられるものであり、気体の検知には使用できない。また、受動的な使用法として車両や機器の四隅等に付け、化学兵器攻撃の有無を検知する方法もある。
アメリカ軍をはじめ、各国で採用されており、M256化学兵器検知キットの標準備品でもある。

検知対象及び変色内容
神経剤・G剤(サリン、タブン、ソマン):■黄色
神経剤・V剤(VXガス):■黒味を帯びた緑色
びらん剤:■赤色

その他の有機溶媒にも反応し、偽陽性を示す場合がある

これらの記述は、おそらく米陸軍のフィールドマニュアル(FM)からの引用と推察される。テクニカルマニュアル(TM)かもしれない。いずれにしても、除染の完了を検知紙で確認するのは困難だろう。AP4CやLCDのような反応の早い検知器が望ましい。

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M8検知紙がノビチョクを検知したときの色反応

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