燃料電池自動車「MIRAI」でわかる水素の特性とレスキュー方法

Special

燃料電池自動車「MIRAI」でわかる水素の特性とレスキュー方法

新たに普及の兆しが見えてきた燃料電池自動車。
今後全国的にも増加すると思われる
その特性とレスキュー方法について、
一般財団法人日本自動車研究所(JARI)の
田村陽介研究員にお話を伺った。

写真◎山本浩幸(特記を除く)
Jレスキュー2018年11月号掲載記事

Twitter Facebook LINE
トヨタ自動車「MIRAI」。側面と後部に燃料電池自動車であることを示す「FUEL CELL」の表示がある。
車体後面には車種名と「FUEL CELL」の表示がある。
【MIRAIの内部構造】
オレンジ色→高圧電線回路
水色→水素配管
増え続ける電気自動車

昨今、世界的に電気自動車の存在感が増しつづけている。日本において最も普及しているハイブリッド車(HEV)でいえば、平成23年度には200万台程度だったのが、平成27年度には500万台と2.5倍にまで増加。燃料電池自動車や電気自動車など、その他の電気自動車も、あわせて3万台程度から13万台程度と、ハイブリッド車ほどではないにせよ増加傾向にある。

全自動車登録台数が約800万台であると考えると、比率でいえばハイブリッド車はそのうちの10%未満、その他の電気自動車についてはわずか0.005%だが、今後普及の兆しがあるため、あらかじめレスキュー方法を策定しておく必要がある。

一般財団法人日本自動車研究所(JARI)は、自動車の性能や安全性に関する実験・研究を行い、生産にあたっての規格化・標準化を行う研究機関だ。そのなかでも電動モビリティ研究部は、水素自動車と電気自動車に特化した研究を行っており、消防機関の依頼に応じて電気自動車の安全性の説明や正しいレスキュー方法の講習に行くこともある。そこで感じるのは、消防職員の多くが「水素=危険」というイメージを抱いているということだ。

ハイブリッド車の普及から数年がたち、電気自動車の事故対応マニュアルは浸透しているが、水素をエネルギー源として駆動する燃料電池自動車に関しては、それ自体の普及率も低いことからまだまだ浸透していない。

だが、講習前に燃料電池自動車に危険なイメージを持っていた消防職員から、講習後には「なんだ、こんなものかと思った」という声を聞くこともある。確かに水素自体は危険だ。だが、だからこそ燃料電池自動車は、「漏らさない」「漏れても検知して止める」「一箇所に滞留させない」というコンセプトの下、徹底して安全に設計されている。

燃料電池自動車とは?

燃料電池自動車(FCV/Fuel Cell Vehicle)は、従来のディーゼル・ガソリン車のように内燃機関を搭載し燃焼エネルギーによってエンジンを動かすのではなく、水素タンク内に貯蔵された水素と空気中の酸素を化学反応させて発電し、モーターを動作させる。つまり「水素をエネルギー源として、車両内部で発電する」電気自動車の一種である。

現在市販されているトヨタ「MIRAI」やホンダ「クラリティ フューエルセル」では、電気自動車やハイブリッド車と同じく高電圧システムを搭載し、それに加えて最大70MPaの水素ガスを貯蔵する水素タンクと、水素と酸素を反応させて発電するFCスタックや水素配管を車体底部に内蔵している。

普段はカバーで覆われている燃料電池自動車下部。水素タンクが2本取りつけられているのがわかる。(写真/恵那市消防本部)
溶栓弁は漏洩水素着火時の輻射熱を最低限に抑えるよう、車両後方・下部に向かって
水素を放出するように取り付けられている。(写真/恵那市消防本部)
表1 水素とその他のエネルギー源比較。
覚えておきたい水素の特徴

「怖い」「爆発しそう」というイメージを持たれることの多い水素だが、燃料電池自動車事故に対応するためには、水素の特性を正しく知っておく必要がある。エネルギー源として使われる天然ガスやガソリンと比べると(表1参照)、次のような特徴があげられる。

●無色無臭である。
●空気中の燃焼範囲が広い。
●空気よりも軽く、拡散しやすい。

水素は世界で最も軽い元素で拡散力が高く、非常に爆発しやすい気体である。空気中の濃度が4~75%になった際、静電気程度のエネルギー(0.02mJ以上)で簡単に着火する。また無色かつ無臭であるため漏洩に気づきにくいといった点も大きな特徴のひとつである。

3つの安全策

前述のとおり燃料電池自動車は、通常時「漏らさない」「漏れても検知して止める」「一箇所に滞留させない」という3つのコンセプトの下設計されている。

まずは「漏れない」ということに関して。燃料電池自動車の車体底部には、円筒状の圧縮水素貯蔵容器(最大70Mpa)が2本搭載されており、内部に高圧の水素ガスが充填されている(ただし同じく燃料電池バスだと積載本数、搭載位置ともに異なる)。水素タンク本体は樹脂製で、その周りは炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の厚い層でコーティングされており、非常に高い強度をもっている。そのため普段水素ガスが漏れることはないが、車両火災発生時には、容器が熱せられることで強度低下し、破裂してしまうおそれがある。

そこで現在市販されている燃料電池自動車の水素タンクには、融点の低い金属によってつくられる熱作動式溶栓弁が設置されている。これは約105℃まで熱せられると融けだし、貯蔵した水素ガスを逃がして破裂を防ぐ。この水素ガス放出時、最大10m程度の火炎が形成されるため、なるべく車両後方には近づかず、前方あるいは側方よりアクセスすることが必要である。

ちなみにJARIの研究では、溶栓弁のついていない満タンの水素タンクをバーナーで炙ると、21分21秒後には内圧100MPaまで上昇し、最大約18mのファイアボールを出して破裂する、という実験結果が出ている。

次に、「漏れても検知して止める」ということについて。燃料電池自動車には水素が滞留しやすい箇所に水素検知器が取り付けられており、水素漏れを早期検知して知らせる。

また、空気中の水素濃度が4%以上まで上がらなければ爆発の危険性はない。そこで、水素機器類は車室の外部に設けられており、万が一水素が漏れたとしても「一箇所に滞留させない」ようになっている。

この三段構えの安全策によって、燃料電池自動車の安全性は保たれているのだ。

ラゲッジルーム内のカバーを取り外すと、安全設計上、水素機器類は荷室外に置かれているので、後方から確認することができる。(写真提供/恵那市消防本部)
水素タンクから漏洩した水素が着火した場合は火柱があがる。
(写真提供/一般財団法人日本自動車研究所)
圧縮水素貯蔵容器のしくみ

燃料電池自動車の車体底部に設置されている圧縮水素貯蔵容器(最大70MPa)は、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の厚い層でコーティングされている。このため通常の運転時に水素ガスが漏れることはないが、車両火災発生時には内部が熱されることでタンク自体が破裂するおそれがある。

そこで、貯蔵した水素ガスを逃がして破裂を防いでくれるのが熱作動式溶栓弁だ。融点の低い金属で作られているため、約105℃まで熱せられると融けだすしくみになっている。

35MPaの水素タンクの断面図。内部はアルミニウム合金製と樹脂製の2種類がある。
熱作動式溶栓弁(内部の小さい部品)。約105℃に熱されると溶けだす。
ライフルの弾丸も貫通しない強度を持つ。

次のページ:
燃料電池自動車事故の救助活動 気をつけるポイントは?

Tags

Ranking ランキング