最前線で戦ったのは地元消防団と住民だ<br>【西原村消防団の災害対応】

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最前線で戦ったのは地元消防団と住民だ
【西原村消防団の災害対応】

16日の本震時、益城町と同じく震度7を観測した西原村。停電し、道路を寸断されながらも、
迅速な住民の安否確認を可能にしたのは、消防団と地域住民の連携力だった。

(写真)5月4日に実施したがれき撤去活動の様子。余震の続く中、約90名の団員が参加して実施した。

写真◎西原村
Jレスキュー2016年7月号掲載記事

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西原村消防団 消防団長<br>馬場秀昭

西原村消防団 消防団長
馬場秀昭

西原村 災害対策本部<br>倉田英之

西原村 災害対策本部
倉田英之

西原村は俺たちが守る!

これで終わり、 のはずだった

熊本市の北東に位置する西原村は人口7070人世帯数2530世帯の小さな村だ。同地震では14日に震度6弱、16日に震度7を記録。母屋、納屋合わせて全壊456件、半壊689件(6月1日現在)という甚大な被害を受け、58名が負傷、5名の貴い命が失われた。しかし人的被害がこれで収まったのには、西原村消防団の活動が大きく貢献している。消防団には8分団24班に255名が所属。平均年齢35歳と比較的若い団員が多いのが特徴だ。

14日に地震が発生すると、団員たちはすぐに担当地区の一戸一戸を訪ねて住民の安否確認を実施。消防団長・副団長は村役場に設置された現地対策本部に詰めており、各団員から無線や携帯で入ってくる情報を吸い上げた。西原村の前震時の被害は屋根瓦が飛んだり石垣が崩れる程度であり、人的な被害は生じなかった。被害状況調査が終わったあとも団員は念のため班の詰所で待機していたが、誰もがこの程度で済んでよかった、これで終わるとばかり思っていた。

住民と協力して救出する

14日とはうってかわって、16日の本震は村に大きな被害をもたらした。発災と同時に村全体で停電が発生し、自宅待機していた団長や副団長は暗闇の中、ヘッドライトと車のライトのみを頼りに役場へと参集した。村役場でも照明は使えなかったが、非常用電源により防災無線などは生きていたため、対策本部を外へ移動させて情報収集に努めた。

西原村消防団では、災害時は各班が担当する地区の安否確認を行うことになっている。しかし地区によっては、消防団員自身が負傷したり、道路が損壊して安否確認に向かえないというトラブルが発生した。そうした地区では住民が自ら119番通報を行ったり、直接団長の携帯電話に連絡を取って安否情報を伝えてくれた。

一方で、消防団員が多数の救出活動を行った地区もある。26軒の家屋ほぼ全戸が全壊した大切畑地区を担当する2分団5班は、発災直後から崩れた家々を一軒ずつ確認し、住民に声掛けを行った。瓦礫の下敷きになった人を見つけると、チェーンソーやジャッキを使って救出活動を開始。本業で切断器具等を用いる団員がおり扱いに長けていたのに加え、住民も自分の器具を消防団に貸し出すなどして地域の全員が協力した。結果的に同地区では9名が消防団によって救出され、1人の死者も出さなかった。

消防団員や住民から続々と情報が寄せられたおかげで、朝方にはすでに全住民の安否が判明。これにより、16日の日中は損壊道路や倒壊家屋など物的被害の情報収集に集中できた。

これだけの大災害に見舞われながらも混乱することなくスムーズに住民の安否が判明したのは、日頃の訓練のたまものだと消防団長の馬場秀昭は語る。

「西原村では2年に一度、最悪の事態を想定した発災対応型防災訓練を全村民参加で実施している。その際に自主防災組織や消防団が家屋を一件ずつ訪ね、状況の把握や安否を確認する訓練も行っていた。訓練により、自分は誰の安否を確認するのかが団員の頭に入っていたため、スムーズに情報収集できたのだと思う」(馬場)

西原村は俺たちが守る!

団員の村を思う気持ちが積極的な活動に結びついたことも忘れてはならない。災害急性期から亜急性期に移行すると、熊本県内で空き巣や窃盗が続発した(5月19日時点で49件)。西原村では各班員が担当地区を可搬ポンプ積載車で巡回し、毎晩警戒活動を続けている。さらに5月4日には団員約90名が参加し、自前の軽トラックやダンプを持ち寄って被害の大きかった大切畑地区と古閑地区、葛目地区で瓦礫の撤去活動を行った。いたる所に転がる瓦礫を前に途方に暮れていた地区住民たちは、団の活動にとても感謝してくれたという。本誌が取材した5月9日現在、西原村にはまだ水道が復旧していない地域があった。瓦礫の撤去作業が進むにつれ、「これくらいなら」と瓦礫を燃やしてしまう住民も出始めたが、水が出ないだけに火災発生は絶対に阻止しなければならない。消防団は暇さえあれば地域巡回をおこなって、警戒を強めている。

団員のなかには家を失った人も少なくないし、断続的に繰り返される余震は心と身体に大きなダメージを与えている。だが、「地元は俺たちが守る」という責任感と使命感を持った団員たちの力が、今日も西原村の人々の安全を守っている。

16日の本震時、益城町と同じく震度7を観測した西原村。停電し、道路を寸断されながらも、 迅速な住民の安否確認を可能にしたのは、消防団と地域住民の連携力だった。
(写真)5月4日に実施したがれき撤去活動の様子。余震の続く中、約90名の団員が参加して実施した。 写真◎西原村 Jレスキュー2016年7月号掲載記事

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