先斗町火災 木密繁華街の延焼阻止戦術

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先斗町火災 木密繁華街の延焼阻止戦術

[写真]平成28年7月5日に発生した先斗町の火災。

Jレスキュー2018年1月号掲載記事

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飲食店の厨房から出火

先斗町は、江戸時代の鴨川改修と共に生まれた、京都五花街の一つである。鴨川と平行して500mあまりにわたって続く先斗町通の両側には約140棟の飲食店が軒を連ねているが、その多くは古い木造建築の町家や茶屋に増改築をくり返したもので、複雑な建物構造になっている。また、先斗町通の東側にある店の多くは鴨川河川敷に張り出した納涼床(川床)を設けている。川面から吹く風に涼を感じながら食事を楽しむ納涼床(5月から9月の営業)は、夏の京都の風物詩でもある。

多数の観光客や食事客が行き交う石畳のメインストリート、先斗町通は幅員はわずか約2m。消防車両の進入が不可能なだけでなく、消防隊の活動スペースも非常に限られている。消防水利は水量豊かな鴨川のほか、配管口径150~200mmの公設水道消火栓が多数設置されている。

平成28年7月5日、その先斗町通の東側に面した飲食店で火災が発生した。火元のA店は炭火焼きメインの居酒屋で木造瓦ぶきの3階建て。鴨川に面する1階奥には納涼床があり、日中の最高気温が36℃を超えるという蒸し暑さだったこの日は、納涼床を目当てに訪れた客が鴨川からの心地よい風を楽しんでいた。

覚知時間は食事どきの午後7時14分。1階厨房で各テーブルのはめこみ式グリルに配る炭を起こす作業を行っていると、炎が急激に燃え上がり、周囲の壁体に拡大した。店内には客40人、従業員9人がいた。

隣接した南側への延焼を阻止する

最先着隊の救助隊は先斗町通と交差する道路の直近消火栓に部署してホース延長し、応急放水活動(火災では放水活動を行わない救助隊が、最先着した時のみ行う救助放水線・防ぎょ放水線を敷く活動)を行い、救助隊長は従業員から「逃げ遅れはいないが、川床には50名くらいの客がいる」という情報を入手した。濃煙熱気に包まれた1階に進入し、厨房付近が燃焼しているのを確認して放水を開始。その後、救助隊は後着の消防隊に消火活動を引き継ぎ、川床に取り残されていた36名(4名は従業員がすでに救出)を南側店舗の川床を経由して先斗町通へ避難させた。後着の消防隊は2階への進入を試みたが、室内は濃煙熱気に包まれており、燃焼箇所は発見できなかった。

最高指揮者は屋根上からの放炎を確認したため増援を要請。延焼阻止を主眼とした活動方針を打ち出した。A店舗北側のEビルは耐火造、東側は鴨川河川敷で延焼危険は少ない。西側、南側には木造家屋が密集しており、西側には先斗町通という空間があるのにくらべて南側は木造家屋が密接して続いているため、南側への延焼阻止に全力で当たる必要があった。最高指揮者は北はEビル、東は鴨川、西は先斗町通、南はB店とC店を出火点A店を取り囲む延焼阻止線として定め、その延焼阻止線に沿って放水包囲体形をとるよう各隊に指示した。

さらに、延焼拡大の危険性が極めて高い南側はD店のさらに南側にある店舗屋根上に上がるよう指示し、火勢を迎え撃つ形で放水体形を整え、A店への俯瞰注水を指示。南方面に対して重点的に筒先を配置したのである。さらに京都市消防局の戦術に則り、延焼経路となる隣接店舗B店、C店の壁体と天井等を破壊し、内部の燃焼箇所に徹底した注水を行い延焼阻止の徹底を図った。

1階厨房から燃え上がった火炎は、1階天井裏から2階の壁体、押し入れ等を伝って3階へ拡大。さらに出火元のA店から、隣接建物との隣棟間隔がなく接していた小屋裏部分等の壁体付近を通じて延焼したものと考えられる。消防隊到着時には、2階壁体内を伝わって上方および南側への延焼が始まっていたと考えられるが、外からは燃焼箇所が視認できない天井裏、壁体内、押し入れであったため、燃焼実態を把握することは非常に困難だった。

覚知から約4時間後、ようやく鎮圧状態となったが、破壊活動を伴う残火確認は困難を極めた。壁体内、小屋裏の残火確認は夜を徹して行われ、鎮火時刻は翌朝6時16分であった。

先斗町火災の建物配置図・避難経路図
この火災を踏まえて

複雑な木造建物密集地帯で起きた今回の火災では、多くの課題が見えてきた。今回は納涼床に取り残された多数の客を南隣の納涼床を経由して避難させることができたが、店舗によっては困難を極める場合もあるため、大人数が取り残された場合にいかに安全に避難させるか考えておく必要がある。また、破壊活動要領については、訓練施設での訓練だけで習熟を図るのは難しいし、指揮者は破壊活動にかかる延焼のスピードを勘案しながら、破壊のタイミングと場所を見極めなければならず、今後の訓練の課題とすべきである。またこの火災では、風に煽られて狭隘な先斗町通が建物内部と同様の濃煙熱気に包まれてしまい、屋外でありながら空気呼吸器が必要になり早期のボンベ交換が必要となった。空気充填照明車1台を特命出動させたが、狭隘な道路では指揮者は早期に予備ボンベを現場近くまで搬送させ、ボンベ交換体制を確立しておく必要がある。

京都市消防局では先斗町など消防活動に困難性が予測される地域においては、地域ごとに火災防ぎょ活動資料を策定しており、指揮隊等は活動資料を参考として消防活動を実施しているが、今後も徹底した警防調査で最新の情報に基づき修正を加えて職員に周知徹底を図っていく。一方、今回の火災を通して地域団体(先斗町まちづくり協議会)と消防をはじめとする関係行政機関による防火対策の連携が積極的に進められ、「先斗町このまち守り隊」が結成されるなど、地域防災の様々な活動が展開されている。

出動車両および人員
火災発生時の先斗町通り。空気呼吸器が必要なほど煙が充満している様子が分かる。
川床へのはしご接岸訓練の様子。みそぎ川と平行して先斗町通が伸びる。写真右端は鴨川。
[写真]平成28年7月5日に発生した先斗町の火災。
Jレスキュー2018年1月号掲載記事

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