御嶽山を経て取り組んだ噴火災害対応の備え<br>覚悟を決めた松本広域消防局

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御嶽山を経て取り組んだ噴火災害対応の備え
覚悟を決めた松本広域消防局

「専用の装備」と「知識」のない状態で山に入ることは、丸腰で戦場に突入するのと同じ。
平成26年の御嶽山噴火災害でいち早く、県内応援で出動した、噴火翌日より救助活動を経験した松本広域消防局。
県内に多数の山を抱え、管内にも活火山を2座も抱える同局は、噴火災害への対応にいち早く取り組み始めた。

[写真]2015年8月、御嶽山で再捜索にあたる松本広域消防局の特別救助隊。固くなった灰を掘り起し、必死で探すも行方不明者6名中1名しか発見できなかった。(写真/松本広域消防局)

写真◎小貝哲夫(特記を除く)
Jレスキュー2016年7月号掲載記事

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前例のない山頂での大捜索

平成26年9月27日に発生した御嶽山噴火災害は、消防が初めて経験した3000メートル級の噴火災害だった。多数の登山客が山頂付近に取り残され、山岳救助の専門部隊だけでは足りず、消防、警察、自衛隊から多数の部隊が投入された。

御嶽山は長野県と岐阜県の県境に位置する標高3067mの日本で14番目に高い山。消防の救助チームの中には、東京消防庁や静岡県の山岳救助隊などの専門部隊もいたが、多くの隊は山岳装備も満足ではなく、経験も浅い特別救助隊や特別高度救助隊であった。装備はオレンジの救助服に編み上げ靴と保安帽であり、県内応援としていち早く集結した松本広域消防局も他隊と同様に特別救助隊の通常装備で出動した。

噴火した翌日早朝より、2つの登山ルートに分かれて各隊が山頂を目指した。山頂の火口は「ゴー」とうなり続けており、ときどき「シュポーン」と小規模な水蒸気爆発が起こっている音が聞こえてくる。ガス検知器は鳴りっぱなしである。もし救助活動中に再噴火が起きても、近くに駆け込める山小屋や岩場は少なく、しかも噴石は山小屋の屋根も貫通する大きさのものが降ってくるのだ。こうした極めて危険な状況のなかで、活動隊員らの心には、多少の異常事態が起こってもそれを正常の範囲内としてとらえ、心を平静に保とうとする「正常性のバイアス」が働くようになり、危険な現場で活動しているという意識がしだいに薄れていった。

また、標高2500メートルより上は森林限界を超えていて樹林帯がないため、木の幹や根といった山でよく活用する支点がなく、要救助者の担架搬送では、隊員がビレイ(確保)となって十数名が交代しながら登りの倍以上の時間をかけて下山した。

そんな過酷な環境の下、長期にわたって行われた救助活動は想像を絶するもので、消防、警察、自衛隊合わせて41名もの隊員が高山病と低体温症で下山を余儀なくされた。

乗鞍岳で行った実地訓練。石だらけの山頂付近を、安全かつ山頂で活動する体力を残しながら登っていく。(写真/松本広域消防局)
ギアで安全を買う

御嶽山での捜索活動が一旦中断されると、松本広域消防局は「今の態勢のままでいいのか?」と山岳救助に対する備えを見直すことにした。長野県は北アルプス、中央アルプス、南アルプス、八ヶ岳に3000メートル級の山が21座、百名山が29座あり、年間80万人が山に訪れる山岳県だ。県内で再び噴火が起これば、真っ先に駆けつけなければならない。管内にも焼岳(2455m)と乗鞍岳(3026m)という2つの活火山があり、再び噴火災害に対応する可能性もある。

長野県には長野県警察山岳遭難救助隊という山岳レスキューのプロフェッショナルがいるため、県内の山岳救助事案は基本的に警察、山岳遭難対策協議会、長野県消防防災航空隊が対応することになっている。松本広域消防局には山岳救助隊はないが、きのこ狩りでの遭難、山道からの車両滑落など、現場が車両でアクセスしやすく、歩いて1時間程度の山間地であれば消防でも対応可能だということで、16年前より高度な登山技術を要さない「山間地救助」には対応することにした。そのために特別救助隊員を登山研修所の研修に派遣し、ロープレスキュー技術を取り入れていたが、3000メートル級の山頂での活動は想定しておらず、登山靴や防寒着は整備していなかった。

現場で活動した隊員の声から、最も必要性を感じたというのが「登山靴」だった。編み上げ靴では足首は固定されず、雨で水分を含んだ火山灰の水が靴の中までしみた。とりわけ専用靴との違いが出たのが下山時である。登山靴は全体で足首を固定するようになっているが、編み上げ靴の場合は靴の中で足が動くので、傾斜地ではつま先に体重がかかり、爪がうっ血し、さらに隊員は痛いのでそこをかばおうとして変な場所に力が入り、余計に疲労感を増幅させた。下山してきた松本広域消防局の隊員は、前進指揮本部にいた上條信男特別救助隊長(同局は各活動隊のトップに副隊長を置き、隊長が3レスキュー隊を取りまとめる)に「隊長、こんな装備ではダメだ、自分で持っている登山靴を着装してもよいですか?」と懇願してきた。通常は局の服制規則に則った装備でなければならないが、幹部の理解もあって、私物の登山靴の使用を認めた。隊員の疲弊している様を見たら、「規則だとは言っていられなかった」のである。

山岳用スパッツも局で急遽追加購入した。活動隊員に配備すると、火山灰の靴への侵入を防ぐのに非常に効果的だった。

「消防の装備は丈夫に作られているが、重さは考慮されていない。山では携行装備は100gでも軽い方がよい。水場がないからといって少しでも水を多く持ちすぎると、それが疲労に直結する。「重さ」が敵となるのだ。しかも救助隊の場合は山に登ることが目的ではなく、そこから3時間火山灰を掘りおこし負傷者を救出し搬送しなければならない。しかも山頂は酸素が地上より薄い。山の経験のない隊員は活動してみて初めてわかることだが、酸素16%の山頂で、酸素21%の標高0mと同じように活動すると、すぐに脈があがり、呼吸は整わなくなる。山での無理な活動は高山病を招き、汗をかいた体で尾根に出て風に吹かれると一気に体温が奪われる。暑ければ上着を脱ぎ、寒かったら重ね着をし、小休止を挟みながら活動するのが基本姿勢となる。専用の装備も技術も知識もない隊員が山に入るのは、とても危険なこと。消防、警察、自衛隊の屈強な救助隊員をしても、体力、やる気、根性だけでは乗り切れないものがあったと思う」(上條隊長)

長野県消防防災航空隊の隊長経験を持つ上條特別救助隊長は、航空隊に所属していた時に、山では装備が生死を分けることを目の当たりにしていた。雨が霙(みぞれ)になり雪に急変した遭難事故で、生き残った人と亡くなった人の違いは山岳用の機能性ウエア(肌着)を着ていたかどうかの違いだったのだ。消防の装備として肌着までは整備できないが、消防本部として隊員の安全を守るためのウエアと装備を揃えることを決め、個人装備として登山靴、アウター(防寒着)上・下、スパッツ(ゲイター)、山岳用ヘルメット、ストック(登山用杖)、携帯用火山性ガス検知器、GPS、コンパスなどを整備した。

スケッドストレッチャーを使って、搬送訓練を行う。要救助者の頭が足よりも上になった状態をキープするためには、隊員間のコミュニケーションが大切。(写真/松本広域消防局)
雪渓での雪上歩行訓練。雪上では、トウステップ(つま先で突き刺すように)で歩く。
(写真/松本広域消防局)
雪崩捜索を想定し、ビーコンとゾンデ棒で要救助者役として雪に埋まっているビーコンを検索する訓練も行った。
(写真/松本広域消防局)
焼岳で行った読図訓練。コンパスと山地図を照らし合わせて現在地を確認する。
(写真/松本広域消防局)
知識は実地で身につける

御嶽山の救助活動が中断された後、松本広域消防局は活動隊員にアンケートをとって、各方面から検証した。隊員らは、大規模災害を前にアドレナリンが出ているので、疲れは感じていなかったようだが、自分が高山病になったり怪我をして仲間の足を引っ張ることを恐れていた。また山については知識がないため、予測がつかないことが隊員らを不安にさせていたようで、「怖かった」というコメントが多く寄せられた。そこで、同局の特別救助隊3隊36名は、昨年より年1回は管内の活火山である焼岳と乗鞍岳で実地訓練を行うことにした。山登りが初体験の隊員の中には、レスキュー隊として一定以上の体力と運動能力を持っているにもかかわらず、慣れない山では登っただけでヘトヘトになった者もいたことから、登山の心得のある隊員が、救助活動を行える体力を残しておくための歩き方、できるだけ疲れない登り方などを訓練のなかで伝授しているところだ。

実地訓練では、等高線だけの白地図とコンパスを使った読図訓練、天気図を読み天候の変化を予測する訓練も行っている。御嶽山では登山道が火山灰で埋まって見えなくなっていたし、ヘリでいきなり山中に降ろされることもある。どんな時でも自分の位置と登山ルートを地図で確認できるようにトレーニングしておかないと、隊員自身が道に迷う危険性もあるのだ。

松本広域消防局では雪渓を歩く訓練も行い、雪上での歩き方、ビーコンでの捜索なども実施している。訓練に参加した隊員からは

「疲れる体のポイントも平地での訓練や活動とは全く違って、膝だけが痛くなったり、力のかけ方を間違えると必要以上に疲れることが歩いてみてわかった」

「ザックの背負い方ひとつで疲労度合いが違っていた」

「山での要救助者の搬送では、体力と隊員間のコミュニケーションが必要」

「山での転び方にもコツがあり、山に慣れておく必要がある」

「座学としての山の知識も必要だが、標高差による気温の変化は思っていた以上で、経験してみないとわからなかった」

などの感想が得られ、わずか1〜2回の実地訓練でも隊員は多くの収穫を得た。松本広域消防局は、山岳救助隊でなくても、災害による山の捜索救助に出動することを決意したのだ。なお、同局は、装備を整えて昨年、御嶽山の再捜索チームにも加わった。

松本広域消防局の救助部隊を取りまとめる隊長と高度救助隊。写真左から消防司令・上條信男隊長、消防司令補・丸山和彦、消防士長・三瀬貴司、消防士長・二木隆志、消防士・田中優剛、消防司令補・川澄一理。
山での歩き方
身体の中心が後ろ足側に乗っている状態。
身体の中心を前足側に置き、足をストン、ストンと降ろすように登る。

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松本広域消防局の山岳救助装備

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