決してハードルは高くない!<br>「落ちない」「落とさない」消防ロープレスキューの始め方

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決してハードルは高くない!
「落ちない」「落とさない」消防ロープレスキューの始め方

消防のロープレスキューは、資機材の高性能化が進み、取り扱いが容易になるよう改良され、救助現場で高い安全性と効率的な活動をもたらしてくれるようになった。これまでよりも安全で確実、迅速に要救助者を救助するため、「ARA(Aomori Research Activities:青森県救助救護検討会)」を主宰し、ロープレスキューをはじめとした各種警防活動セミナーを行い、自身も救助の知識と技術を学び続けているのが青森地域広域事務組合消防本部の山上真一だ。今回、山上の考えるロープレスキューについて徹底的に解説してもらった。

写真◎伊藤久巳
Jレスキュー2024年3月号(2月9日発売)より一部抜粋

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山上真一

山上真一やまがみ・しんいち

1974年(昭和49年)生まれ。1996年(平成8年)に青森地域広域事務組合消防本部消防士拝命。浪岡消防署、東消防署救助係長を経て、2024年3月現在は中央消防署油川分署隊長。2007年(平成19年)「ARA」を発足。海外のロープレスキュー大会にリーダー、コントローラーとして参加し、2018年に台湾Ch’iaoで2位、2019年に中国LifeLineで1位、台湾Ch’iaoで3位、2023年に中国LifeLineで5位という成績を残している。

なぜ消防活動にロープレスキューが必要なのか

「ARA(青森県救助救護検討会:Aomori Research Activities)」で現在、精力的に各種セミナーを行っている山上真一。青森地域広域事務組合消防本部の職員として消防業務に就く傍ら、休日のほとんどを各種警防活動セミナー、ARAロープレスキューチームの指導、資機材の能力検証に充てている。その山上に、「なぜ消防士はロープレスキューを学ぶのか?」とその必要性について伺うと、“迅速性”があるからだと力説する。

「日本各地で発生した実災害の例や、私自身の経験からも、現場においてより短時間で救出できているという事実がある。この事実こそ、消防士がロープレスキューを習得すべき理由である。1分1秒を争う人命救助において、短時間での救出は重要である。短時間で救出できる理由はいくつかあるが、その一つとして、使用する知識、技術、資機材が救助活動において高い効率性を持っていることが挙げられる」
 
ロープレスキューに使用する資機材は年々進化を続けており、これに合わせて技術も向上している。“降りる”もしくは“降ろす”ことを例に挙げると、高所アンカーの有無に関わらず隊員1名だけで高性能の確保能力を持ちながらロープの長さだけ降りられる技術と、途中で容易に作業できる資機材がある。

“登る”もしくは“引き上げる”ことを例に挙げると、脚力を使って高低差100m以上でも登り、かつ途中で容易に作業ができる技術と資機材があり、人間の力を効率的に使うことができる。

迅速性のほかに、少人数で救助活動にあたれることもロープレスキューの特徴だ。消防組織によっては、実災害の現場に10名以上の隊員が到着できないことがある。そういった場合にロープレスキューは資機材性能の高さが特に発揮され、従来は少人数では対応が困難だった救出活動を行える。少人数での対応が可能になれば、安全管理員を増やし、現場の安全性を向上させることもできる。

「災害規模が大きくなればなるほどロープレスキューは威力を発揮する。私が実災害で経験した例では、高低差が120mを超える橋での救出活動がある。その橋では数多くの災害が発生しており、過去には真冬に落下した要救助者を数時間かけて搬送する等、職員は大変な思いをして活動をしてきた。しかし、ロープレスキューを用いると三十数分で救出できるようになった。また、要救助者が複数いるような環境でも、救出システムがシンプルかつ効率が良いことから、容易に何度でも引き上げ活動を行うことができる。数十メートルの高低差であっても早期に要救助者へ接触し、トリアージを実施して救出する活動を30分程度で完了できる」
 
迅速性と省力化、それに伴う救助活動の安全性の向上。ロープレスキューは進化を続けていることを踏まえると、今後『ロープレスキューだからこそできた安全性の高い救助』の事例が出てくる可能性がある。そのため、消防士にはロープレスキューが必要なのである。

決してハードルは高くない
ロープレスキューの始め方

「ロープレスキューを始めたいと思っているが、どうやって始めればいいのか分からない」
 
山上のセミナーに参加する消防士の多くが口にする意見だ。資機材やトレーニング場所がない、他人の目や評判を気にして始められないといった理由があるためだという。だが山上は、ロープレスキューを始めることは以前より難しくないと言う。

「日本の多くの消防組織でロープレスキューに必要な資機材が導入されていること、全国各地にロープレスキューを行っている消防士が存在しておりその技術に触れられるようになったこと、ロープレスキューが消防で見慣れないものでなくなったこと。この3点が以前よりもロープにレスキューを始めるのに難しくなくなった理由だ。また、他人からの評判を気にしてロープレスキューを始められないことは、非常にもったいないと感じる。職場で与えられた業務をより安全に、より確実に、より迅速に遂行するのは消防士として当たり前のこと。今の時代は視野を広げたら多くの“より良い”が手に入る。そのより良いを求めることは一般的なことなので他人の評判を気にすることなく学んでほしい」
 
山上はロープレスキューが良いと確信していたため、他人の目や評判に囚われることなく学び続け、その知識を惜しみなく仲間に伝えた。その結果、山上が所属している青森消防の救助隊ではロープレスキューも一般的な技術となった。日本各地でロープレスキューに取り組む消防士たちは、手探りで始めてさまざまな困難を乗り越えて環境を整えた。彼らは仲間を大切にする。同じ志を持って門を叩く新たな仲間を歓迎してくれるに違いない。
 
すでに一定のレベルにあるチームに入れてもらうのは“ハードルが高い”と感じるだろうが、実際にどういった活動をしているのかを知ってみたほうがいいと山上は話す。

「ARAに対しても言われることだが、ハードルが高いという感覚はその人自身の思い込みである場合もある。ARAのセミナーでは、ロープレスキューに触れたことがない消防士を対象としたカリキュラムも用意している。また全国には、最初から丁寧に指導してくれる消防士が多く存在していると思う。自身でハードルが高いと決めつけるのではなく、まずはトレーニング環境を覗いてみることをおすすめする。日本には世界的に注目されるほど高度なロープレスキュー技術を持った消防士が各地に存在する。彼らは、これまでに多くの経験を積み、日本の消防士に必要なロープレスキュー技術を習得した。世界にはロープレスキューやロープアクセスを指導できるトレーナーが多数存在するが、日本の消防士に必要なスキルを指導できるのは、彼らのような日本の消防士だけだ」

ARAロープレスキューの訓練3カ条

その1:3m以内の環境で訓練を繰り返す

ARAが実施しているロープレスキューセミナー「消防パーソナルスキルコース」では、資機材の性能と適切な操作の理解を目的に、最初は高低差がない場所での指導から始める。未知の資機材をいきなり3m以上の高低差がある場所で使用することはヒューマンエラーが発生するリスクが高く、非常に危険だからだ。まず、高低差がないところで反復練習することから始め、その後に3mの高さで繰り返し練習する。

その2:ロープレスキューに触れる&考える時間を多く持つ

基本的なスキルである「ロープを結ぶ」ことも、日常的に繰り返し行わなければ徐々に忘れてしまうので、時間の許す限り実践する。この継続的な取り組みによって得られるのは「気づき」だ。実災害現場では、時には詳細が分からない状態で、緊張に包まれながら活動しなければならない。こういった状況では視野が狭くなりやすく考える能力が低下しやすいため、安全管理能力の低下につながってしまう。しかし、日常的にロープレスキューに触れていると、知識や理解力の向上に加えて、高い洞察力を得られる。高い洞察力は状況を正確に判断できる能力を高め、緊張状況でも冷静に視野を広く保ち多くのことを気づけるようになる。

その3:共に訓練する仲間との時間を多く持つ

ロープレスキューは他の技術と同様に、ひとりの知識や技術に頼りきって実災害現場で使用すると事故につながる可能性がある。ロープレスキューを適切に行うためには、「仲間」と何千時間も訓練を積む必要があるのだ。指導が一方的にならず、多くのディスカッションができる権威勾配のない「仲間」とチームとしての共通認識を構築することが、安全・確実・迅速なロープレスキューにつながる。

ロープレスキューの学び方や実際の訓練の模様……などなど盛りだくさんのロープレスキューの「学び方」「教え方」の続きは、Jレスキュー2024年3月号(2月9日発売)に掲載!

消防のロープレスキューは、資機材の高性能化が進み、取り扱いが容易になるよう改良され、救助現場で高い安全性と効率的な活動をもたらしてくれるようになった。これまでよりも安全で確実、迅速に要救助者を救助するため、「ARA(Aomori Research Activities:青森県救助救護検討会)」を主宰し、ロープレスキューをはじめとした各種警防活動セミナーを行い、自身も救助の知識と技術を学び続けているのが青森地域広域事務組合消防本部の山上真一だ。今回、山上の考えるロープレスキューについて徹底的に解説してもらった。
写真◎伊藤久巳 Jレスキュー2024年3月号(2月9日発売)より一部抜粋

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