百戦錬磨の東消救急隊がレクチャー<br>救急隊の「接遇」心得

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百戦錬磨の東消救急隊がレクチャー
救急隊の「接遇」心得

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【救急車内での対応】
①状況を逐一伝える

搬送先の病院がすぐに決まらないときがある。そんなときは「今○○病院と話しましたが、○○という理由で搬送できないので、次は別の病院に電話してみますね」と傷病者や付き添いの同乗者に逐一報告するようにすると、救急車内や現場で長く待たされている傷病者やその家族の理解が得やすくなる。救急現場など、非日常的な現場では、1分2分が長く感じてしまうもの。「なぜ病院が決まらないのか」と苛立ち始めるケースもあるので、救急隊が行っていることを説明するのも救急の接遇マナーのひとつといえる。

また救急車内の傷病者には外の景色が見えないので、今どのあたりを走っているのか、あとどのぐらいで病院に到着しそうだという状況も伝え、「お変わりありませんか」という声かけをすることで、傷病者の不安を取り除くことができる。

②症状に応じて照明の明るさを変える

くも膜下出血など、なるべく刺激を与えない方がよい病態の傷病者の場合は、車内の照明を暗めにするなどして配慮している。

CASE-02 路上で倒れている (側臥位)酩酊者の場合
救急隊の「接遇」心得
(救急隊)「救急隊です、どうされましたか?」
(傷病者)「……」
救急隊の「接遇」心得
(救急隊)「わかりますか? 救急隊です」
(傷病者)「……」
救急隊の「接遇」心得
(救急隊)「体に触れます。怪我をしていないか確認させてください」
救急隊の「接遇」心得
(救急隊)「お酒、結構召されたのですか?ここにいると寒いですし、危ないので救急車の中に行きましょう」
(救急隊)「体を動かしますね」
(傷病者)「ハイ」
(救急隊)「よかった。お話しできそうですね。では体を仰向けにします。どこか痛みがあれば言ってください」
救急隊の「接遇」心得
救急隊の「接遇」心得
(救急隊)「では、これからストレッチャーに移動します。体が持ち上がりますが、しっかり支えていますので安心してください」
救急隊の「接遇」心得
(救急隊)「手OK? 足OK? よし、1、2、3」
救急隊の「接遇」心得
酩酊者に注意!

重症度を判断する際に気をつけなければならないのが酩酊者である。ただ酩酊しているだけに見えても、実は足がもつれて転倒していた等の理由で、数時間後に病院で危険な状況に陥り、後で脳内出血が判明したという事例もある。逆に、話しかけても返事がなく、意識がないのかと思って観察を始めると、急に「触るな」などと暴れて救急隊員に危害を加えるケースもある。

傷病者が興奮しているときは、救急隊員が怪我をしないよう十分な注意が必要だ。その対策の一つは、安易に近づかないこと。最初は少し離れた頭部側(手足を振り回されても被害が小さくてすむ方向)から話しかけ、救急隊員が傷病者の味方であることをわからせるなどして落ち着かせることである。

次に「どうされましたか?」と話しかけながら徐々に近づき、返事がなくても「脈拍を確認しますね、手に触れます」など自分の動作を声に出して伝えながら対応する。

また、隊員が怪我をしないよう、急に手足を動かされた時に抑止できるように手首の上に手を添えて話しかけるなど危険要因を排除して活動することも大事。

一番怖いのは軽症と思ったら重症だった場合。その判別は非常に難しく、転倒などの形跡がないか、外傷がないかの確認はもちろんのこと、服の汚れや破れ、嘔吐痕などもよく確認しておく必要がある。

【傷病者が搬送を拒んだら?】
観察力・判断力を信じる

2017年2月下旬の東京消防庁の救急事例で、意識消失で家族が救急車を要請したが、救急隊が到着した時には本人は元気になっていて、搬送を拒否するということがあった。

しかし、救急隊員がバイタルサインをとると不整脈が見られたため、救急隊は「この状態では病院受診が必要ですよ」と粘り強く説得。そして活動を開始してから約1時間後、救急隊員の前でその本人が心肺停止状態になり、その場で救急隊が除細動をかけたことで一命をとりとめた。もし救急隊が早々に諦めて帰署していたら、その方は助からなかったかもしれない。救急隊のプロフェッショナルな接遇が救命につながった奏功事例である。

時には医師からの助言も必要

救急隊には、搬送を断る傷病者を病院に搬送する強制力はない。隊員が観察した結果を傷病者に伝え、それでも納得してもらえない場合には通信指令センターに常駐する医師に状況を説明し、重症の度合いなどについて医師から助言をもらい相手に伝える。医師からの評価を伝えることで、傷病者に納得して貰える度合いも高くなるからである。

CASE-03 寝室での対応
救急隊の「接遇」心得
(救急隊)「こんにちは。救急隊ですが、わかりますか?」
(傷病者)うなずく
救急隊の「接遇」心得
(救急隊)「失礼します。今日はどうされました?」
(傷病者)「む、胸が、苦しい…」
(救急隊)「どんな感じで苦しいですか?」
心電図の用意を指示する。
(救急隊)「今、バイタルを確認してすぐに病院にお連れしますから…」
手で胸を押さえて苦しそうな場合も、背中に手を当ててやさしくサポートする。
消防司令補 佐竹史成

消防司令補 佐竹史成

救急指導課 救急指導係 統括

「救急隊員どうしの言葉は、一般市民には異なる意味に受け取られることがある。たとえば、都内は狭い家も珍しくないが、そこでの活動は『ここは狭いから布担架で搬送しよう』というような隊員間での何気ない会話が、『家が狭いと言った』という苦情に発展してしまうこともある。傷病者や家族に悪い印象を与えると、その後にどんなによい活動をしても、信頼を回復することは難しい。それが接遇であり救急隊のマナーの難しさだ」

消防司令補 遠藤太

消防司令補 遠藤太

救急指導課 機動救急係 統括
救急機動部隊
本部機動第一救急小隊長

「救急活動は本当に最初の入り口が大事で、短時間で傷病者の信頼を得て、プライバシーに関わることを聞き出していくのは簡単ではない。常識的な発言のつもりでも、そう捉えてもらえない場合もあるので、言葉の受け取り方を日々研究していく必要がある。自分たちではどうにもならない事態に直面した家族や仲間が、行き場のない怒りや不安を救急隊にぶつけてくることもある。それらを一つずつ解決することで、傷病者や関係者との信頼が築けていくと信じている」

消防士長 岩瀬祐太

消防士長 岩瀬祐太

救急指導課 機動救急係 副主任
救急機動部隊
本部機動第一救急小隊員

「どんなレベルの要請であっても、まず救急隊を要請したという事実があり、我々はそれに応えて出場する。その人は緊急を要していた訳であり、それが頻回な要請者であっても、どんな状況の傷病者であっても、活動基準で謳われている人間愛を持って接することが大事。常にフラットな心で対応するようにしている。その入り口を間違えると、うまくいく活動もうまくいかなくなる。これが救急隊のマナーであり接遇のベースになっている」

救急隊のマナーといえば「接遇」である。消防部隊の中で突出して出場回数が多く、傷病者とその家族、関係者など一般市民と接する機会の多いのが救急隊である。そこで、様々な傷病者への救急対応を行ってきた 百戦錬磨の東京消防庁救急機動部隊が、「救急の接遇」のポイントを解説する。
写真◎伊藤久巳 Jレスキュー2017年5月号掲載記事 (役職・階級は取材当時のもの)

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