Special
攻めの新消火戦術
~科学的視点から火災戦術を考える『Step by Step戦術』~
技と資機材を使いこなす“知力”
―富田林市消防本部―
富田林市消防本部では、近年の火災の様相にも対応できるように、伝承教育と併せて火災科学に基づいた教育に取り組んでいる。さらに、資機材の選定にも科学的視点を向け、火災活動において有効かつ効率的な資機材の導入を検討している。今年度、新たな試みとして、『消火戦術への資機材の有効活用』という目的を掲げ、模擬火災訓練ができる横井ファイヤーベース(区画内火災訓練施設)において、消防資機材の販売業者である(株)ライトレスキューの研修を受け、今後の火災戦術への活用と職員のトレーニングを行う機会を得た。その研修会の様子をレポートする。
写真◎井上健志/Photo Ape(特記を除く)
Jレスキュー2021年9月号掲載記事
体感を学びへ
(経験値アップ)
近年の住宅様式の変化は、火災の様相を変えている。建築素材と内容物(家具等)が1970年代を境に天然素材からプラスチック等の石油・合成素材に変化し、「火災の発達変化」が従来とは大きく異なってきている。また、火災に対応する消防組織においては団塊世代の大量退職により若手職員が多く採用され、日々訓練を実施しているところであるが、火災件数の減少に伴い現場経験が少なくなっている。以前までであれば、伝承教育の一環として、「火災現場」での学びが行われていたが、今では現場活動を行ったことのない職員が後輩の育成等を行わなければならなくなっているという状況が全国的な実情である。
富田林市消防本部では、消防職員が実災害で学べないという実情を踏まえ、変化している火災現場を職員に体感させ、良質な経験値を上げることを目的に、新たな試みとして横井ファイヤー・ベースにおける生火を使用しての研修を企画した。
併せて、富田林市ではST車(スモールタンク車)の2台同時更新に伴い、新戦術に活用することを目的とした資機材を採用しており、その取り扱いについても研修の中で行われた。
火災対応の練度を一つずつ上げていく
デモンストレーション・セル
DC(デモンストレーション・セル)とは、コンテナの内部を燃焼させて各種火災現象を確認するトレーニング施設の呼び方である。
米国では火災性状の変化をAP・BP(アフタープラスティック・ビフォアプラスティック)と言うことがあるが、これは世界的に建材・家財にウレタン化学繊維が使用され始めた70年代以降、耐火性の建物が増えてきていることを指している。実際に天然の木材の居室と化学繊維が多用された居室を比較した燃焼実験を行うと、燃え方が明らかに異なっており、これに対応する消火方法を考えた場合、従来の建物は屋根が燃え落ちて火炎が噴出するので、屋内進入のリスクが高く、屋外からの放水活動が主流であった。しかし、現行の建物はまず窓ガラスの性能が高くなっていて燃え落ちなくなっている。屋根も燃え落ちず、火は出火点の居室内で燃え続ける状況であるため、屋外からの放水では火は消えず、屋内進入による消火活動が主流となっている。そこで、DCではまず屋内進入を行うことを前提に、管理された施設の中に入って火災の成長を間近で見て熱・煙を体感する。ここでのポイントは火炎の色、煙の色と密度、広がる速さをよく観察すること、そして火災の成長により次に何が起こってくるのかを予見できるようになることである。
リーディング・ファイヤー
リーディング・スモーク
火災室内での放水訓練
ウォーターハンマーを考慮
DCでは火炎と煙、中性帯を経験した後、パルス放水、ペインティング放水などを実施する。内部進入しての放水は大変な危険を伴うことは消防士なら誰もが知っていることだが、室内の熱成層を大きく乱すような放水を行えば、一瞬にして生存者と活動隊員を熱波が襲うという危険も伴う。パルス放水やペインティング放水では、どの程度の放水量でどの角度なら火勢を抑えて吹き返しが来ないのかを体験し、実戦に即して濃煙で視界不良の中での難しい放水も行う。ここでは、「インテリア・アタック」と言われる屋内進入による放水はハイリスクオペレーションであることを認識することも訓練目的の一つとなる。
また、パルス放水等では、0.7MPaでノズルの開閉を行うが、急激にノズルを閉じると、ウォーターハンマーが生じ、場合によっては通常の約3倍、2.1MPaもの圧がかかり、資機材の限界を超え大きな事故に発展する危険性もあるため、ノズルを閉める時はゆっくりそっと閉めるように心がけなければならないこと等も実地で学ぶ。
屋内での注水戦術
除染
SAVE with Start Operationと
新ツールの効果検証
『SAVE with Start Operation』とは、(株)ライトレスキューが推奨する新しい消火戦術のスタイル。「近年の火災の様相に対応するには、個人の技量だけでは対応に限界があり、危険な状況をまねくことがある。科学的視点と適正な資機材を組み合わせることで、消火活動の効率性を高める。さらにプロフェッショナルの技量が加わることで、より安全な活動につながることを期待する」というコンセプトで、資機材の紹介だけでなく、消火戦術への組み込み方を提案している。今回、富田林消防本部の研修でも、そのコンセプトの一部が紹介された。
S Size up with Scan Smoke & Fire
A Attack with Temperature
V Ventilation with Air flow
E Enter with Report & Team Deploy
消火活動の初動から中期にかけて、資機材を活用しながら段階的に活動を進めていくための指標となる。
①Size up with Scan Smoke & Fire
(状況確認:煙と炎、火災の進行状況など)
現着した小隊長は、360度建物全体を熱画像直視装置で測定しながら、燃えている場所、温度の高い場所を確認する。開けることが可能な開口部があればそっと開けて温度をチェックする。安全な屋内進入のためのトレンドは人間の五感プラス1の「熱画像直視装置(TIC)」の活用した活動の進め方である。
②Attack with Temperature(外部からの冷却消火:噴霧注水、効果の確認、温度低下)
窓ガラスが割れて火炎が噴出している場所があれば、そこからフォグネイルやアタック・スパイク・ノズルといった噴霧ノズルで火災室冷却のための噴霧注水を実施。窓が割れていなければハリガン等でそっと窓を割って開口部を作り、ノズルを差し込む。
煙が白くなるまで噴霧注水を行ったら、熱画像直視装置で内部の温度が低下しているか、炎が抜けている箇所がないかを確認する。
③Ventilation with Air flow(視界不良の改善)
室内の残留する煙、熱気、水蒸気を、資機材や排煙テクニックを駆使して排出する。
④Enter with Report & Team Deploy(屋内進入時の適切な配置と通信手段の確保)
内部の様子を確認できた段階で屋内進入による救助・消火活動へ移行する。その際、継続できる通信(合図)手段の確保し、適切な部隊配置を行う。屋内進入する部隊と屋外で援護する部隊の連携が重要。
この流れを念頭に、富田林市消防本部が昨年度の車両更新の際に導入した「アタック・スパイク」ノズルと「バッテリー式ブロア」「スモークカーテン」を用いたトランジショナル・アタックを実施。フォグネイル、アタック・スパイクなどの特殊ノズルによる屋外から火災室の冷却を試み、風上からブロアとスモークカーテンでドアコントロールを行いながら水蒸気化した白煙を排出し換気する。その際、酸素を入れることで残火が再燃する可能性があるが、即座に内部進入してその部分に的を絞って火を叩けば最小限の水量で効率的な消火が行えることになる。
DCとSAVE with Start Operation(安全な初期対応)のトレーニングは、人の限界を道具で補い、道具の限界を人の知力で補うことを学ぶ研修であった。
今回の研修を参考にし、一つずつ段階的に進める“Step by Step戦術“として消火活動および訓練に取り入れ、消火活動の向上と円滑化を図りたい。
【SAVEオペレーション】
消防隊員が安全に屋内進入するための初動対応。
「10年後を見据えて、 組織として新戦術に取り組んでいく。 その一歩を踏み出した」
富田林市消防本部
消防署 警防第1課 副指揮隊長
消防司令 西條善仁
消防本部としてこの研修会に参加できたことの効果は絶大で、率直に嬉しかった。今回は選抜チームでの参加だが、この消火戦術論が10年後も組織の中に生きているよう、10年先を見据えて小隊長クラス以下に積極的に参加してもらった。
所属では毎当務訓練をしているが、どうしても「訓練」という枠組みの訓練から抜け出せない、リアリティに欠けている感がある。ホットトレーニングも大阪府の施設で年に2回はやっているが、実火災の熱さの体感にしろ、ペインティングなどの様々な戦術をやってみてもここでの訓練とは違う。このヨコイ・ファイヤーベースでやれば一回のミスが致命的なものになることも体感できる。
消火戦術の勉強は10年前から組織内勉強会で進めていて、知識面は浸透してきていたが、それを実践するためのハードの整備が必要だった。昨年度、ポンプ車の2台同時更新があり、そこで資機材の整備に併せて、資機材を取り扱う株式会社横井製作所と株式会社ライトレスキューから、取扱説明会だけでなく、資機材を活用した消火要領の紹介もできるとのことであったため、消火戦術の研修として企画するに至った。
もちろん消防組織上層部の理解、全面的な協力があって実現したことで、前例がないので簡単ではなかった。実火災に近い体験を行える本格的な研修施設は国内では他にないということで、この10年の我々の勉強も認められてGOサインが出た。プロが民間に戦術を習うという、ある意味、消防職員のプライドを捨ててやっている訳だが、我々の目的は地域住民の利益になることで、その足かせとなるようなプライドならいらないと思っている。
今回学んだのは、屋内進入しての放水と屋外からの消火戦術の2つ。消火戦術は多岐にわたるので、これはあくまでも部隊が持つ戦術の引き出しの一つに過ぎないが、人と資機材の限界値を見極めることが安全で効果的な消火活動となって地域住民に還元できるのではないかと思う。今回実習したことをどこまで現場に落とし込めるかは、組織に持ち帰って検証をしていかなければならない。
ご存知のとおり、やりたい事とやるべき事は違うので、組織として一歩前に進むために、地に足をつけて足並みを揃えていかないとならない。「現状のやり方ではダメだ!」と組織に波風を立てるのは簡単だが、それでは実戦に活かせない。私自身もかつてロープレスキュー等で波風を立ててきた側だったし、消火戦術も小隊レベルで普及させることはできる。しかし、それは隊員レベルがやりたいことをやっている自己満足に過ぎないと思っている。自分が部隊の指揮をとるようになった時に、中隊レベルで隊の足並みを揃えていないと、それが組織の綻びになるという危機感を感じるようになった。10年で一歩前進。徐々にだが組織としての大きな一歩になったと思う。
「職員のスキルアップ、 安全な現場活動が地域住民のためになる」
富田林市消防本部
警防課 第2課長
消防司令長 小路幸生
火災の発生状況が変化している中、所属での通常の訓練だけでスキルアップを図るには限界があることは感じていて、生火を体験できればいろんな知識技術向上のきっかけになるのではないかと思いこの研修会を実施することにした。
実際、どんなに火災について資料や言葉を駆使して教育したとしても、火を使った訓練と使わない訓練では、頭の中でイメージできることが違う。私自身、火災防ぎょの教育に関わるのは10数年ぶり。昔と比べて消火技術が変わっていることに驚いた。今回、私と反対番の課長も参加させていただいたが、管理職が実際に行って実火災訓練を知ることで、現場の理解も深まったと思う。
今日来られていない職員には、組織内でしっかり伝授していかなければならないし、火災対応の向上と併せて、「人の限界を資機材で補い、資機材の限界を人で補い」、我々消防が安全に活動し、地域住民のために成果を出すことに繋がればと思う。