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笹子トンネル 天井板落下事故
【災害事例ドキュメント】
休日は長い渋滞ができる笹子トンネルで、天井板が突然崩落するという事故が発生した。
落下してきたのは幅5m、1.2トンのコンクリート板約300枚。
トンネルを走行中だった車両が下敷きになり、火災も発生。再崩落の危険性が消防の活動を阻み、救出が完了したのは翌朝だった。
あの日、「トンネル崩落」の一報を聞き駆けつけた消防は、トンネルという閉鎖空間でどのような活動を展開したのか?
写真(人物)◎伊藤久巳
Jレスキュー2013年3月号掲載記事
「とにかく煙がすごくて事故現場が見えない」
交通量の多い高速道トンネルでの事故
2012年12月2日(日)午前8時7分、「中央道笹子トンネルで崩落事故発生、自動車が燃えている」という第一報がNEXCO中日本から山梨県の東山梨消防本部と大月市消防本部に入った。現場は笹子トンネル上り線。消防の管轄は東山梨消防本部。高速道路では現場にアクセスしやすい本部が管轄することが多く、笹子トンネルの場合は上り線が東山梨消防本部、下り線が大月市消防本部の管轄となっていたが、地理上はトンネルが大月市と甲州市にまたがっていることから、NEXCO中日本は両本部に出場を要請した。
事故を覚知した時間帯は、消防では朝8時30分の部隊交替直前。前日からの当番員に加え、この日の当番員も出勤して活動準備を進めているところで、両部の職員が揃っていた。
通報段階では、事故の規模、現場の状況、要救助者の数などの詳細は不明であったが、日頃から交通量の多い場所である。大月市消防本部は「できるだけの人数を出場させよう」と前日からの当番(2部)とこの日の当番(3部)の両番から指揮隊1隊、救助隊1隊、化学隊1隊、救急隊2隊、計21名を出場させた。同時に東山梨消防本部は、指揮隊2隊、化学隊1隊、救助隊1隊、救急隊3隊、計22名を出場させ、両本部とも応援協定を締結する近隣消防本部へ応援出場の待機要請を行った。
覚知から20分経過した8時27分、東山梨消防本部はトンネル西坑口(入口側)に到着し、大月市消防本部はトンネル東坑口(出口側)に到着。両側からトンネル内に進入して事故の状況把握を行う予定だった。しかし、トンネル内は東西どちらからも大量の煙が噴き出しており、目視では現場を確認できず、近づくこともできない状況だった。
避難者誘導と被災者からの情報収集
東山梨消防本部は笹子トンネル西坑口に到着後、化学隊、救助隊、救急隊の3隊が先行し車両でトンネル内へ進入。しかし83kp付近から事故による停止車両が道をふさぎ、消防車両の進入が不可能になった。消防隊員は車両から降り、搬送可能な資機材を準備し、停止車両内に逃げ遅れがいないか1台ずつ確認をし、残留者については、キーを付けたまま避難するよう伝えていった。さらに約250m進入した地点で濃煙により視界がゼロになり、前方より爆発音が発生していることから、二次的災害防止のため一旦西坑口へ後退した。
西坑口で待機していた隊は、現場指揮本部、応急救護所の設置、避難者からの情報収集活動を行う中、崩落したコンクリート板の下敷きになった車両からはじき出され、避難して来た負傷者1名を救急隊が確保し、病院搬送した。
東坑口に到着した大月市消防本部は、被災しながらも脱出でき、トンネル出口で避難していた乗用車1台を確認。助手席の女性は頭部を負傷していたため、救急隊が市内の病院に搬送し、指揮隊はその車両の運転手から、事故の発生位置、トンネル内の状況、後続車両の数等の情報収集を行った。
下り線から現場に進入
進まない検索活動
乗用車の運転手からの情報によると、発生場所はトンネル中央付近とのこと。煙で視界がないため、トンネル出入口からの進入は難しいと判断した大月市消防本部は、下方を並行して走る下り線トンネルに移動し、上り線と下り線のトンネルを結ぶ非常用連絡通路から進入することにした。東側から現場確認に当たっていたのは、大月市消防署の3部当直司令の蔦木(指揮隊長)、小俣救助隊長以下数名。下り線トンネルもすでに通行止めになっており、消防車で中に進んでいくと、途中に煙が漏れだしている非常用連絡通路の扉が発見された。
「ここが事故発生場所に違いない」と当たりを付け、煙が漏れていた非常用連絡通路の階段を駆け上がり、上りトンネルの扉を開けると、トンネル内部は濃煙で視界の確保は困難をきわめた。扉付近にバスとトラックの運転手が立っていたのを隊員が発見し、下り線まで隊員の誘導で避難させた。隊長らは、他にも取り残されている人がいないか、周辺の車両を検索したが、煙の量があまりに多いため、一旦退出。事故現場の東側に位置する別の非常用連絡通路から2回目の進入を試みることにしたのだ。東側も煙が充満していたが、西側よりも煙の量は少なく、体制を整え直した救助隊は、15分後に同じ連絡路から入った。すると、わずかの間に換気がすすんだのか、少し視界が開け、火炎が確認された。しかし、活動を開始しようとした矢先に、「ドーン」という落盤があったような轟音がトンネル内に響きわたり、安全確保のため、再び活動を中止して退避することになった。
「現状把握がなかなか進まないジレンマがあった。空気ボンベを装着しての活動は、常に残量を計算しながらになるので、活動時間に限りがある。連絡通路から現場まで約150メートルの距離があるので、往復の移動時間を計算すると、実際に検索活動を行えるのは10分程度しかなかった」(大月市消防署 小俣貴史救助隊長)
大月市消防本部は、前進指揮所を下りトンネルの災害現場に近い非常用連絡路前に設置し、9時05分、4回目の進入を図った。その段階では東側は空気ボンベを使用しなくても活動できるレベルにまで環境改善され、事故現場の全容を目視で確認した隊員らは、そこで初めてこの事故が天井板の落下によるものであったことを知った。
「通報で崩落と聞いた時は、誰もが山が崩れてトンネルを潰したような事故を想定していた。天井板が落下する危険性があることなど誰も想像もしていなかったのだ。現場を見た時には“まさか”という驚きと、まだ落下していない天井板がいつ落ちてくるのか分からない状況に恐ろしさを感じた」
(大月市消防署 蔦木正文当直司令)
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ひたすら削岩機で削っていくしかなかった