佐伯 なぎさ Saeki Nagisa
Saeki Nagisa 白山野々市広域消防本部 松任消防署 消防士長
Interview
「内面から魅力的な存在にならねば」
挑戦5度で掴んだ「天職」で誓う
大切なことは「優しさ」や「思いやり」、
そして「人を愛する気持ちを持つこと」
女の私では限界があるのでは…
消防士になって今年で7年目(当時)。男性といっしょに、同じ業務を同じような地位で担当したいという希望の通り、所属はずっと警防隊。現場勤務だ。19歳で早くも取得した大型免許と得意の運転技術を活かしてポンプ車の機関員を務めるが、同時に月の半分は救急隊としても勤務する。
「警防隊と救急隊を交代で担当することは、現場にこだわりたい私にとって、一番いいポジション。1ヵ月の間にいろいろやらせていただいてありがたい」
と、意気に感じている。いずれは指令課などの本部業務も経験したいが、今は現場で経験を積むことを優先したいと考えている。ポンプ車操法の指導員に抜擢されるなど周囲の評価も高いが、
「もっともっと勉強していかないと。がんばらんなんです」
とひたむきに前を向く。
しかし、佐伯のこれまでが順風満帆でなかったのも確かだ。幼い頃から父親にスキーとカヌーを仕込まれ、体力には自信がある。24歳で消防に入ってからも、とにかく体力勝負でがんばってきた。「何事にも限界は作らない」が信条である。消防士になったときから今日まで、白山野々市広域消防本部のただひとりの女性消防士だが、救助隊員をめざす過程で過酷な訓練を繰り返すなか、男女の体格の差、そして体力の差という現実を目の当たりにする。「女の私では限界があるのでは」と思うようになり、自分自身が歯がゆく、女性であることを恨めしく思うようになることもあった。
29歳で出産を経験したことも大きい。当初は現場から離れることに不安があり、また長期休暇で職場へ迷惑をかけてしまうのではないか、復帰した時の環境はどうだろうか、そもそも現場に戻れるのだろうか――と心配なことばかりだった。しかし職場の人々の積極的なサポートのおかげで乗り切った。今、隔日勤務の日々で改めて思うのは、消防士という仕事は、周りの協力なくしてなりたたないということ。家族や職場の人々には感謝しかないという。
同時に、それまでは「仕事一本、仕事大好き」という気持ちが強かったが、子どもができて変わった。仕事優先というのは当たり前だが、「場合によっては子ども優先」というのも、やはり女性として必要なのかなと思うようになったのだ。
出産・育児を経て視野が広がると同時に、「オレンジを着る」という夢をいったん脇に置いた佐伯は、女性消防士として、もっと何かできることはないか、と必死に考えるようになる。
しかし、男性であれ、女性であれ、消防職員として身につけなければならない基本的な知識や技術に変わりはないだろう。さらに性別に関係なく、消防職員として大切なことは、「優しさ」や「思いやり」、そして「人を愛する気持ちを持つこと」だと考えが至るようになる。そんな今、振り返ってみると、佐伯の消防士人生の原点ともいえるできごとが、あざやかによみがえってくるのだという。
相手を思って活動しよう
あこがれだった消防士になった年。6ヵ月間の消防学校の課程を修了し、10月1日、松任消防署に配属。その翌日、救急事案が発生。老夫婦の二人暮らしの家で、入浴していたおじいさんが、お風呂に浮いているという。PA連携で出動し、引き揚げたものの、残念ながら手遅れだった。
資機材搬送くらいしかできなかった当時の佐伯にとって、何より、残された家族を見るのが辛かった。放心状態の80過ぎくらいの年齢のおばあさんの姿は、とても見ていられるものではなかった。一方で現場検証の警察官は、「いつ気付いた?」、「いつから浮いとった?」と、何でもずばずば聞いていく。その姿に衝撃を受けた。同時に「自分はただ活動するのではなく、相手を思って活動しよう。そして、残された家族も思いやれて、その心情に寄り添える活動をしたい」と心に誓った。今も救急出動のたびに佐伯が心がけていることだ。
また、努めて「だいじょうぶですよ」と声掛けし、安心させるのも、救急隊としての仕事のひとつととらえて実践している。このことをプライベートでも実感したのが、自身の出産のときのこと。助産師さんがずっと手を握ってくれ、背中をさすってくれ、そして何度も何度も「だいじょうぶですよ」と繰り返してくれた。
「だいじょうぶです」――
そのひとことで、伝わった。安心できた。これは救急の現場でも、大切なことだと思っている。
内面から磨かないとだめ
白山野々市広域消防本部には、楽しい展示を通して消防についてふれられるようにと、地域の子どもたち向けの学習センターが併設されている。また管轄エリア内の幼稚園のバスが、かっこいい消防車を見に遊びにくることもしばしばだ。佐伯自身、子どもの頃によく、非番の父に消防署に連れて行ってもらった思い出がある。一児の母となった今、かつて父がしたように、愛息を連れていくと、みんな大歓迎で「おお、よく来たな!」とまるで自分の息子のように扱ってくれるのがとてもうれしい。
佐伯は父を通して消防士という存在を知り、消防士にあこがれ、そして消防士をめざした。そんな佐伯にとって、消防士は今も昔も、そしてこの先もずっと、子どもたちをはじめとする住民の方々から信頼され、あこがれの対象となる、ヒーローのような存在だ。そして自身もこれから定年退職まで、人を大切にする心で、人命はもちろん、住民の心をも「レスキュー」できる消防士として高い志をもって働きたいと願っている。
そんな佐伯に、仕事を通してもっともやりがいを感じる瞬間は? と問うと、
「人と関わって、笑顔をもらえること。そのためには、内面から魅力的な存在であらなければいけないので、ずっと努力していきたい」
という答えが返ってきた。
佐伯がプライベートで師事している着付けの師匠が、口癖のようにしている言葉、
「着物もなんでもそうやけど、感謝の気持ちと、相手を思いやる心は、内面から出るもんですよ。まずは内面を磨きなさい」
この言葉を噛みしめながら、佐伯は今日も奮闘する。
文武両道が信条の佐伯さんは都内で開催された「着物の装い全国大会」に北越・北陸代表として初出場。祖母の着物をまとって競った「留袖の部」で、みごと優勝を果たした。「年度初めだったので業務でばたばたしていて、断ろうかと思っていました。上司に相談したら、『そんな行かんとダメや!』。みなさんの理解と協力があって、そのおかげで結果が残せてよかったです」
佐伯 なぎさSaeki Nagisa
昭和61年石川県小松市出身。平成24年4月1日、白山野々市広域消防本部に採用され、同年10月1日に松任消防署配属。同本部最初の女性消防士。平成27年7月22日から同年11月10日まで産前休暇・産後休暇を取得。引き続き同年11月11日からの育児休暇を経て平成28年10月1日より復帰し、松任消防署配属(日勤)。平成29年4月1日から隔日勤務になり今日に至る。