不器用だからこそ努力し、探究し続ける<br>その原動力は「地域住民のために」

水谷 佑典 Mizutani Yusuke

Mizutani Yusuke 大垣消防組合消防本部 中消防署南分署 消防士長

Interview

不器用だからこそ努力し、探究し続ける
その原動力は「地域住民のために」

プロボクサーになろうと思っていた青年は、子供を助けて感謝されたことを機に人助けができる仕事を目指す。
念願の消防士になり情熱を持って職務にあたってきたが、その消防人生は挫折の繰り返しだったという。
しかしその挫折は、折々に出会った先輩からの叱咤激励や、持ち前の諦めない心、努力と探究心によって乗り越えてきた。
自分も憧れの先輩のように後輩を厳しくも温かく見守り、導く存在になるべく日々精進の毎日を送る。

文◎新井千佳子 写真◎中井俊治、大垣消防組合消防本部
Jレスキュー2018年5月号掲載記事

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消防防災科学技術賞「優秀賞」の
【フィンの能力を引き出すインソール】

平成29年11月29日、東京・港区ニッショーホールでは平成29年度の「消防防災科学技術賞」の表彰式が行われていた。『フィン本来の持つ能力を引き出すインソールセット』を応募した大垣消防組合消防本部の水谷佑典は優秀賞を受賞し、受賞者のひとりとして列席していた。

四方を海で囲まれ、川や湖などの水源に恵まれる日本は水辺の事故が起きやすく、近年では豪雨災害などの水害も多発している。このため、水難事故や水害に特化した活動のできる高い技術力を持つ水難救助隊は必要不可欠だ。水難救助は水という特殊な環境下で要救助者を救出しなければならない。様々な資器材を装備して活動を行うが、その中でも「フィン」は水中・水面で隊員の行動を左右する重要な資器材である。隊員はフィンを動かす(フィンワークという)ことによって、素足では得られない大きな推進力を得るが、正しくフィンワークを行えないと、推進力を得られないばかりか余計な疲労やエアーの消費につながる。しかし、科学的根拠に基づくフィンワークに関する参考書物は少なく、隊員個々の経験と感覚によってフィンワークが行われているのが現状である。

水谷は誰もが正しいフィンワークを習得できる方法を模索していた。その際、自らが使用している競技用のグライドビーフィンの使用感に注目した。水に浮くグライドビーフィンは、足を蹴り上げる(アップキック)動作をアシストし、泳ぎのピッチを上げる効果がある(災害現場で使用するレスキューフィンは水に浮かない)。ならば現場で使用される水に浮かないフィンに‶インソール″を使用することによってフィンに浮力を持たせ、キック力の強化や効率良く推進力を得るフィンワーク、フィン本来が持つ能力を引き出すことができるのではと考えたのだ。

試作と検証を繰り返し完成したインソールセットは、装着するだけで足を蹴り下げる(ダウンキック)動作を意識することができ、他の動作はインソールで補い、フィンワークの負担を軽減することができる。また、水面より水中のほうが効果を実感しやすく、検証結果からも従来の使用方法より早く泳ぐことができ、迅速な救助活動に繋がることが証明された。

フィンワーク以外のメリットもある。水害現場では、突起物が散乱しているかもしれない地面を歩行しなければならないが、その際にインソールが足裏を保護する役割を担い、そのクッション性は長時間着用しても足の締め付けや痛みを生じさせない。さらに潜水資器材の重みを軽減するクッションの役割を担う効果もある。安価で誰でも作成することができ、既製のマリンブーツに使用できるので費用対効果は高い。

このインソールセットは、フィンワークの訓練に有効なだけではなく、実際の水難救助活動にも使用可能という検証結果が得られた。「消防防災科学技術賞」に応募した『フィン本来の持つ能力を引き出すインソールセット』はその研究の集大成だった。

(魔法のインソールの内容と作り方はこちら!)
フィンワークが上手くなる! 速くなる! 魔法のインソール

平成29年度「消防防災科学技術賞」優秀賞を受賞した表彰式の様子。(大垣消防組合消防本部提供)
平成29年度「消防防災科学技術賞」優秀賞を受賞した表彰式の様子。(大垣消防組合消防本部提供)
「水上の部」で全国消防救助技術大会を目指す

水谷が水難救助隊を目指すきっかけとなったのが、初任教育修了後初めて配属された職場で出会った水難救助隊の先輩。普段から訓練や資器材の研究に取り組む姿勢、「全国消防救助技術大会」に3年連続して出場する実力を目の当たりにし、同じ水難救助隊として働きたいと思った。

念願叶って水難救助隊となったが、最初から泳ぎやダイビングの技術があったわけではない。泳力は50mを1分サークルで20本練習するところを6本しか泳ぐことができず、先輩たちについていくのがやっとだった。初めて出場した平成20年度の「第37回東海地区消防救助技術指導会」では、基本泳法で基準タイムの40秒を切ることができなかった。

「隣の選手との差が20mはあり、最後はまるで運動会で転倒しても最後まであきらめない子供を応援するような雰囲気の拍手をもらった。自分が情けなく悔しさで涙がこぼれた」

この年は「水中検索救助」の種目でも3年連続で全国大会に出場していた先輩たちが負けてしまった。自分自身の不甲斐なさ、また先輩の背中を見て「絶対に諦めない。自分も水中検索救助に出場するのだ」と奮い立ったという。

そこから水谷はフィンワークを習得するため試行錯誤しながら泳ぎ込んだ。1年後には、水中検索救助の第4泳者としてメンバーに選抜されるまでに至ったが、全国大会への出場は叶わなかった。モチベーションを上げるために全国大会を見に行くと、優秀な成績を収める隊員たちは「高速水着」を着用していることに気づく。装備の差にショックを受けたが、全国大会出場のヒントを得た気がした。

さっそく高速水着を取り入れ、懸命に練習に励んだが、翌年も全国大会への出場は叶わず、心が折れてしまいそうになった。しかし、水谷は諦めなかった。水難救助隊を目指すきっかけとなった先輩に依頼し、複合検索で全国1位の経験がある愛知県知多市消防本部を紹介してもらい、フィンワークについて基礎から指導を受けた。フィンワーク向上の一助になればと、フィンスイミングなどの競技にも参加し、高いモチベーションで練習に励んだ。

このフィンスイミング競技で水谷はターニングポイントとなるグライドビーフィン(後のスピードビーフィン)というセミオーダーメイドのスピードが出るフィンを知った。日本では発売されていなかったため海外から輸入した。待ちに待って到着したグライドビーフィンを見て驚いた。今まで着用したことのないフィンであり、どうフィンワークを行えばよいかわからず、なんというフィンを注文してしまったのか、と頭を抱えた。

しかし慣れてくると泳ぎは速くなり手応えを感じていたが、平成24年「第41回東海地区消防救助技術指導会」に出場するも自身のターンで失敗し、またもや全国大会には出場できなかった。

しかし同じ年に出場したフィンスイミング日本選手権で結果を出し、平成24年フィンスイミングマスターズ日本代表に選出され、オーストラリア大会に出場。また、フィンスイミング短水路日本選手権のビーフィン25mという種目で全世代の3位となり自信につながった。その他にも隊員仲間とフィンスイミング、ウエイトトレーニング、パワーマックス、階段ダッシュなど水谷は諦めずにまたコツコツと訓練を続けた。

そして迎えた平成25年度の「第42回東海地区消防救助技術指導会」において、ついに初優勝し全国大会への切符を手にしたのだ。全国大会への出場を目指してから6年という年月が経っていた。

「全国大会への道のりは負けっぱなしで心が折れることもあった。しかし、そのたびに周りの先輩、同僚、他消防本部の同じ志を持つ隊員たちからアドバイスや激励をもらうことで続けてこられた。この経験は今後の消防人生の糧になると確信した」

その後、水谷擁する大垣消防組合消防本部「水中検索救助」チームは、東海地区指導会を4連覇し全国大会の常連となる。平成28年度の「第45回全国消防救助技術大会」では、全国大会3位という成績を収めた。

なお、水谷が利用したグライドビーフィン(スピードビーフィン)は、その後の消防救助技術大会の必須アイテムとなり、救助技術の飛躍の一助になっている。

「救助技術大会の訓練を通して、人命救助のためにコンマ何秒まで突き詰めること、最後まで諦めないこと、絶対に助けるという執念を学んだ。訓練でできないことは、本番でもできない。訓練で様々な想定をイメージすることが災害現場に活かされる。『救助の思想』を救助大会で学んだ」

訓練の様子。3点セット(マスク・シュノーケル・フィン)装備した水面移動訓練。(大垣消防組合消防本部提供)
訓練の様子。3点セット(マスク・シュノーケル・フィン)装備した水面移動訓練。(大垣消防組合消防本部提供)

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