不器用だからこそ努力し、探究し続ける<br>その原動力は「地域住民のために」

水谷 佑典 Mizutani Yusuke

Mizutani Yusuke 大垣消防組合消防本部 中消防署南分署 消防士長

Interview

不器用だからこそ努力し、探究し続ける
その原動力は「地域住民のために」

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目標にしたのは消防学校の教官。いつかは自分も若者を導く存在になりたい

ひとりでも多くの命を 救うには?
水難救助と向き合う日々

東日本大震災では、同本部でも緊急消防援助隊として隊員を派遣した。水谷も第10次隊として派遣される予定だったが、第5次隊の派遣を以って岐阜県隊の派遣が終了し、水谷が派遣されることはなかった。派遣はされなかったがニュース等で消防の活動が報道されるのを見るにつけ、自分自身も地域住民のために頑張らねばならないと業務により一層励んだ。ある日、新聞で「東日本大震災の時、学校で習った着衣泳で助かった命がある」という記事を読んだ。

「今までは人命救助という強い思いだけで仕事をしていたが、災害に遭った場合の身の守り方、対処の仕方を住民に伝えることも大切だと感じた。着衣泳を学び、指導員の資格を取得し、本部の『警防セミナー』で着衣泳の実技、座学の研修を行った。また、岐阜県消防学校の初任教育の講師として出向し、指導も行った」

こうした水谷の尽力により、同本部では3年計画で市内の小学校を回り約1500人の子どもたちに着衣泳の指導を実施した。現在も管内の小学校から依頼があれば指導を行う。

水谷が初めて災害現場で潜水活動をしたのは平成24年1月31日。管内で釣り人が池に転落したとの通報が入る。水谷は週休であったが、災害情報メールを受信して出動した。その日は雪が降っており水温5度、気温2度で災害現場の水中は視界ゼロ。そんな過酷な状況の中でも「絶対に自分が救助する」という意気込みで捜索を行ったが要救助者の発見には至らず、翌日に別隊によって発見された。

この現場では、水難救助現場に防火衣で出動した隊員やドライスーツが少なかったために寒さの中ウェットスーツの隊員もいた。装備不足を痛感したため検討会を開催し、水難救助隊に対する大幅な見直しを図った。水難救助隊は毎月1回必ず訓練を実施し、防災ヘリとの合同訓練、ボート隊員との合同訓練など様々な災害を想定した訓練を実施している。また骨伝導の水中トランシーバーも導入し、ドライスーツは10着配備するなど隊員の装備は充実してきている。愛知県名古屋市消防局が水難救助隊員のランク認定制度を実施していることを知り、前述の災害対応の反省を踏まえ、ランク認定の素案を作成した。活動する上で隊員の能力、技術を隊で把握し共有しておくことは、経験の浅い隊員のサポートや隊編成時の判断材料として必要不可欠だと感じたからだ。翌年から基礎泳力を中心とした10項目の水難救助隊員ランク認定制度をスタート。その後ランク認定制度は改定されながら、規程にも記載され、現在も継続している。

全国大会出場までは6年かかったが、以降は3年連続で出場を果たす。(大垣消防組合消防本部提供)
全国大会出場までは6年かかったが、以降は3年連続で出場を果たす。
(大垣消防組合消防本部提供)
資器材を研究・検証し、最大限に活かす

水谷は非番、週休を利用して個人的にメーカーとコンタクトを取り、水難救助用資器材の仕様、性能、機能などを調べた。モニター商品を貸し出ししてもらい、河川やプールで検証したこともある。今後の資器材更新に活用するため、検証結果を本部へ提出し、いくつかは導入が決定し、自分の研究・検証が役立ったことは嬉しかったという。

平成28年4月に水難救助隊副隊長になると、隊員の育成について深く考えるようになった。理論的に、そして効率よく隊員を育成する方法を考えたとき、数年前から温めていたアイデアを形にしようと思い立つ。水谷はグライドビーフィンを手に入れ訓練を続けているうちに、なぜこのフィンが速いのか研究していた。そして、このフィンはフットポケットの締め付けが強く、そのことでフィン先に力が伝わりやすくパワーロスを失くしてくれる。また水に浮く性質は、浮力が泳ぎのピッチを上げる効果があるということに気づかせてくれた。効率良く推進力を得るフィンワークとは、足首を固定し指先まで意識してフィンに力を伝え、足を蹴り下げる(ダウンキック)動きと、足を蹴り上げる(アップキック)動きを交互にリズムよく、フィンをしならせて行うことである。グライドビーフィンの「浮く」という性質をフィンワークの習得に、そして災害現場で使用するフィンに活かすことができないかと考えた。試行錯誤で開発したのが前述の「フィン本来の持つ能力を引き出すインソールセット」となったのである。

平成28年度の「第45回全国消防救助大会」では、水中検索救助の種目で第3位という成績を収めた。(大垣消防組合消防本部提供)
平成28年度の「第45回全国消防救助大会」では、水中検索救助の種目で第3位という成績を収めた。
(大垣消防組合消防本部提供)
出会った諸先輩のように、後輩の育成に携わっていきたい

今年度から水谷は、消防学校時代に理想の消防士として尊敬していた担当教官と同じ勤務となった。教官と生徒という関係から、上司と部下の関係になり、携わったのが消防団への操法指導だ。消防団への接し方、指導の姿、また普段の業務はもちろんのこと、新しい企画を立案し、地域住民のため、消防職員のために尽力する姿に改めて尊敬の念と共に自身も先輩のような消防士になりたいと強く思う日々だという。

現在、配属されている中消防署南分署では火災原因調査報告書を作成しており、火災原因調査もさらに研究し、突き詰めていくと意気込んでいる。また、資器材の諸元、資器材の歴史および管内の歴史について、原点回帰して新たに調べ直している。同本部の管内には15もの一級河川が流れており、木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)をはじめ大小河川による水との戦いの歴史がある。「過去を知る」という言葉の通り、過去の教訓から水害を学び今後の活動に役立てたいという考えだ。もちろん最新の技術や研究も吸収したいと貪欲だ。消防防災科学技術賞で出会った消防研究センター地震等災害研究室の土志田研究官に、土砂災害について今までの活動や今後の研究について教えを受けた。2次災害を発生させないための地形・水の監視体制、消防研究センターの技術支援体制、緊急消防援助隊の受援体制および消防団との連携について多くのヒントを得た。そこで「水害では水谷が発表したインソールセットが有効ではないか」という言葉を貰い、インソールのさらなる改良、自然災害に活かせるよう模索中とのこと。水谷の業務への取り組み、研究熱心さはまだまだ衰えないようだ。インタビュー中にも同本部には流水環境の訓練の場がないため試行錯誤して実施しているという話の中で、「2020年東京オリンピックのカヌー・スラローム会場は人工的に流れを作り出す会場だと聞いて、大会後に流水救助訓練の実施場所として活用できないかと考えているんです」と少々笑い話のように話していたが、水谷は本気で考えているに違いない。

そんな研究熱心な水谷だが、そもそも消防士としてここまでこられたのは、出会った数々の先輩たちからの教えやアドバイスがあってこそだと話す。挫折や行き詰ったとき、必ず先輩たちが導いてくれた。自身もそうした憧れの先輩のように後輩を導いていきたい。

「まだまだ若輩ものだが、岐阜県消防学校の教官になりたいという希望がある。諸先輩方が道を切り開いてくれた。今後は自分が後輩のために道を切り開いていきたいし、『地域住民に求められる消防士と地域住民のために働ける消防士』を育てていきたい」

河川での救助訓練の様子。(大垣消防組合消防本部提供)
河川での救助訓練の様子。(大垣消防組合消防本部提供)
水谷 佑典

水谷 佑典Mizutani Yusuke

昭和57年愛知県生まれ。平成19年4月に大垣消防組合消防本部にて消防士拝命。半年以上にわたる初任教育・救急科を経て、中消防署東分署消火隊に配属、平成20年4月に水難救助隊、以降、救急隊、指揮隊、機関員を経て平成28年4月に水難救助隊副隊長を拝命し、現在に至る。(取材当時)

プロボクサーになろうと思っていた青年は、子供を助けて感謝されたことを機に人助けができる仕事を目指す。 念願の消防士になり情熱を持って職務にあたってきたが、その消防人生は挫折の繰り返しだったという。 しかしその挫折は、折々に出会った先輩からの叱咤激励や、持ち前の諦めない心、努力と探究心によって乗り越えてきた。 自分も憧れの先輩のように後輩を厳しくも温かく見守り、導く存在になるべく日々精進の毎日を送る。
文◎新井千佳子 写真◎中井俊治、大垣消防組合消防本部 Jレスキュー2018年5月号掲載記事

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