消防のための「CRM」―Crew Resource Management― 第1回

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消防のための「CRM」―Crew Resource Management― 第1回

ともに学ぼう! これからの安全管理

Jレスキュー2022年7月号掲載記事

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「CRM」という言葉を聞いたことがありますか?

皆さんは「CRM」という言葉をご存知でしょうか。CRMとは「Crew Resource Management:クルー・リソース・マネジメント」の頭文字で、NASA(アメリカ航空宇宙局)が航空機の「安全で効率的な運航の達成」を目的として開発した安全管理概念です。

一度離陸してしまうと、高高度(地上7000m〜10000mの高さ)で孤立してしまうことから、機械の操作、最新技術の導入、最新資機材の導入などの、テクニカル(技術的)な要素のみならず、ノンテクニカル(人的要因=ヒューマンファクターズ)の要素にも注目して、クルー全員のトータルパフォーマンスを維持して危機を乗り越えようというマネジメント方法になります。

この概念をいち早く消防業界にも導入することにより、何か少しでも安全面に関してプラスになるのではないかと考えました。

航空業界の教訓を地上隊に活かす

私が消防防災航空隊に派遣されていた2017年(平成29年)から2019年(令和元年)までの3年間における、全国の消防防災航空隊の1年あたりの殉職率は2%です。このパーセンテージがどれだけ大きな数字なのか、ご想像つきますでしょうか? 皆様のご所属の職員数に当てはめて換算してみてください。

2017年には長野県の防災ヘリが、2018年には群馬県の防災ヘリが立て続けに墜落し、多くの殉職者が発生してしまいました。過去を遡ると、2009年(平成21年)には岐阜県の防災ヘリ、翌年の2010年(平成22年)には埼玉県の防災ヘリが墜落しており、この10年で消防防災ヘリコプターの墜落事故が4件も発生し、26名もの殉職者が出ている現状にあります。

近年、連続して発生してしまった消防防災ヘリコプターの墜落事故を受け、二度とこのような悲劇を繰り返さないため、世界中の航空業界で運用されている「CRM」という概念が全国の消防防災航空隊にも一気に広がりました。

この「CRM」の概念は、航空業界だけでなく、常に状況変化し、危険が隣り合わせの現場で活動する我々、地上を活動ベースとする消防・救助・救急隊にも必要な概念であり、組織の安全文化をより良くするとても有効な方法です。

こんな経験ありませんか?

「○○さんの今の指示間違ってるかも、危ないかも…」「でもこれを指摘しちゃうと空気悪くなるかも、怒られるかも…、自分の評価が下がるかも…」

こうした理由で、誤りに気づいていても言わなかった(言えなかった)というご経験はありませんか?

消防業界の階級社会、縦社会が壁となって、あえて言わなかった(言えなかった)という経験は、消防士なら誰しも少なからずあるかと思います。しかし、こうした“あえて言わなかった(言えなかった)”がために起きてしまった事故というのも少なくありません。

地上隊に導入したい「CRMスキル」とは

現場活動等において、トップダウンのしっかりとした指揮命令系統の下で機敏に、組織的に動かなければならない我々消防業界においては、縦社会の階級制度は必要なものです。しかし、安全面に関しては、そことは少し切り離し、「対等に話し合える環境土壌を作る」ということが必要となってきます。そのためには、地上隊にも「CRMスキル」を導入し、事故発生の人的要因(ヒューマン・ファクターズ)にもっと着目し、人的要因に重視したマネジメントを実施していかなければなりません。

この「CRMスキル」とは、チーム一人ひとりの力を結集して、相乗効果を生み、安全活動を達成するためにより良い「対人関係」や「協調性」などをスキルとして身に付け、チームが本来持っているパフォーマンス(知識・安全技術)を最大限に引き出すことを目的としています。

こう言葉にして説明すると、消防業界ではすでに当たり前のことのように感じますが、本当にそうでしょうか?

本連載では、CRMスキルを構成する5つの要素を人的要因の観点から一つずつかみ砕き、安全で効率的な活動達成のためにどのような点に注意しながらチームおよび組織で共通認識を図っていくかを具体的に示していきます。

消防のための「CRM」
CRMスキルの概念図。

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5つの要素の「状況認識」について

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