Special
日本になぜRSDLが必要なのか
Jレスキュー本誌の連載「世界のCBRNe 最新トピックス」の著者である浜田昌彦氏の記事をJレスキューWebでも公開。今回は、日本にだけない拭い取り除染剤「RSDL(反応性皮膚除染ローション)」の必要性について、本誌に掲載した記事をJレスキューWebに再掲する。
Jレスキュー2023年11月号掲載記事
文◎浜田昌彦
写真◎Emergent BioSolutions社提供
はじめに
RSDLとは何なのか?
RSDLは、「Reactive Skin Decontamination Lotion」、すなわち反応性皮膚除染ローションの略称である。日本ではそれほど知られていないかもしれない。
他の除染ツール、例えばかつて米国陸軍で使われ、陸上自衛隊がつい最近まで使っていたFULLER’S EARTH(FE:活性白土)との違いというのは何なのだろうか?
皮膚上の有毒化学剤、すなわち硫黄マスタードやVX、VR、ある種の毒素等をほぼ瞬時に分解中和して除染してくれるところにある。ここで、VRは「ロシアンVX」とも呼ばれるもので、旧ソ連で開発されていた。VXと少しだけ構造式が異なっている。
それでは今回は、このRSDLがどんなメカニズムで除染するのかを紹介し、その後で日本にRSDLが必要な理由を説明し、何が導入の障害となっているのか、そして導入に当たっての考慮事項、特に価格などの順序で話してみたいと思う。
成分と作用
RSDLは、デコン139と少量の2,3-ブタンジオンモノオキシム(DAM)が含まれている。
これらの化合物は、ポリエチレングリコールモノメチルエーテル(MPEG)と水からなる溶媒に溶解されている。この溶媒系は、化学物質を積極的に脱着、保持、隔離することによって除染反応を促進し、活性成分(デコン139)がびらん剤や神経剤と化学的に反応し、急速に中和するため、特に重要である。この反応は直ちに始まり、中和は通常2分程度で完了する。
多くの論文が示しているもの
RSDLの有効性に関しては、すでに20年以上にわたって検証がなされ、多くの論文が発出されている。
それらの論文の知見によれば、皮膚というのは神経剤(VX、VR、GD)およびTICsを含む化学兵器(CWA)に対する最初の防衛線であり、全身に化学剤が流れていくことに対するする障壁となり遅らせることができる。ただし、硫黄マスタードやルイサイトなどのびらん剤や、強酸・塩基などの腐食性化合物は、皮膚に直接作用し広範な損傷を引き起こす。
したがって、化学剤へのばく露後にできるだけ早期かつ迅速に皮膚除染することは極めて重要である。またそれは、患者だけでなく医療従事者への二次ばく露を防ぐ観点からも大切である。
こうして2003年、米国食品医薬品局(FDA)はRSDLを承認したのである。
RSDLは、その活性オキシム成分を介して神経剤(有機リン)を即座に中和分解できる。それは、他のいくつかの皮膚除染手段よりも効果的であることが実証されている。
VXが塗布された豚の皮膚モデルで、RSDL/スポンジシステムとFE、次亜塩素酸水溶液、石鹸水が除染に使用された。半数致死量の5倍のVXで試験しても、汚染から45分以内に除染すれば、RSDLもFEも生存率自体は100%にできた。しかし、その場合でもFEで除染された豚の50%はVX中毒の深刻な兆候を示していた。また、0.5%次亜塩素酸塩による除染では、RSDLやFEよりもその救命効果は低かったものの、生存率の向上は見られた。一方で、石鹸水は致死性を防ぐのに効果はなかった。
面白いのは、汚染部位を氷で冷やすというやり方があることだ。すなわち、VRまたはVXのばく露部位を2~6時間冷却することによって、化学剤を真皮のリザーバー(貯留層)内に固定化すると、冷却期間中の有機リン中毒および死亡が防止されたというのである。
だが、これらの動物はRSDLで除染されるか、オキシム(HI-1またはプラリドキシム)で処理されない限り、冷却停止後6時間以内で死亡したという。血中のVXレベルの分析を見ると、アイスパックでばく露部位を冷却した際に、皮膚からの血流へのVXの侵入を遅らせ防止するように作用したことがわかった。
またRSDLは、モルモットモデルにおける標準的な2分間GD除染実験でテストされた際にも、最も効果的な除染剤であった。RSDLと漂白剤、石鹸水、および米軍のM295皮膚除染キット(SDK)の保護率、すなわち治療群の致死数で対照群の致死数を割った数字は、それぞれ14、2.7、2.2、および2.6であった。RSDLだけが優れた除染効果を提供したことがわかる。このあたりは、GDソマンのエージングの時間が2分程度しかないことも関係しているかと思われる。
次のページ:
第四世代の化学兵器(FGA)とRSDL