ドキュメント 糸魚川大火

Special

ドキュメント 糸魚川大火

Twitter Facebook LINE

どこでもこんな火災が発生し得るのか?

東京は世界で最も消防力が充実していると言われており、もはや大火災は発生しないような気もする。確かに30年前の出火件数は1万件で延焼面積は11万㎡だったものが、平成27年は4000件で2.4万㎡である。しかし大規模火災と言われる1000㎡以上燃える火災は、1〜2年に1度必ず発生しているのだ。今回の火災と同じような場所で延焼シミュレーションしてみよう(【図4】参照)。

これは都内の木造住宅密集地域で、東京消防庁の延焼シミュレーションを使い、北風15m/sでシミュレーションしたものだが、10分後には延焼面積は103㎡、1時間後には延焼面積8400㎡、1時間30分後には2万1679㎡、2時間後には3万3177㎡焼損する。このシミュレーションを見ると、糸魚川の大規模火災の延焼と似ていることがわかる。

【図4】シミュレーションソフトを使った 東京での30分ごとの延焼状況
出火から1時間経過
出火から1時間経過
出火から1時間30分経過
出火から1時間30分経過
出火から2時間経過
出火から2時間経過

臨界点を超えた大規模火災とどう戦うか

【1】応援隊にできるだけ早い情報提供を

新潟市消防局の県内応援隊の談話を編集部にいただいたので、そのまま掲載する。

「糸魚川市の火災に、22日昼から県内広域応援の指揮支援隊として出動、23日の10時15分に二次隊へ引継完了まで、指揮活動を実施して来ました。

新潟市からは指揮支援隊、消火隊、特殊装備の海水利用型システム車の計4台が出動、糸魚川消防の全隊と近隣の富山県新川市消防本部が消火隊4隊、長野県の北アルプス市消防本部が消火隊2隊、この他に県内の上越地区から消火隊3隊、中越地区から消火隊13隊、新潟市以外の下越地区から消火隊5隊が出動し火災対応していました。

今回の派遣で困難だったものは、被害の範囲が広く、すでに活動している隊の把握に時間を要したことです。また、反対に地域柄、多数のコンクリートミキサー車による防火水槽等への補水活動や消防団の活動がそこかしこに見受けられました。民間企業の重機投入もスムーズに働き、消火効率が格段に上がりました。

他には、県警による交通整理や警戒区域設定、国土交通省の照明車や補水、自衛隊の安全管理等、関係機関の連携が数多くありました。もちろん、地域の人達による炊き出しも。大規模災害には欠かせない全てのものが揃い、機能して鎮火に向かうことができた災害でした」

これは実に重要な体験談だと思う。3.11の応援部隊も災害現場に到着してもどこで何が起こっているのかわからないし、正確な図面もないため、地元の消防隊や他県の応援隊との連携が困難であった。今回も集結したのは東側の大通りで、談話の通り部隊を適切に分散させることができなかったと思う。また10時30分の時点で大規模火災になるとの情報があれば、広域の応援隊はもっと早く出場できただろう。今回の例で言えば、できればD、Eブロックへ延焼する前に出場できるシステムにすべきだろう。

【2】消防団を適正場所に部署させる

糸井川市消防団は今回の火災で大活躍したと思う。22日21時の段階で50隊の消防団隊が出場している。糸魚川方面隊だけでも10分団あり、団員は510名で小型ポンプ積載車が74台あるのでかなりの消防力だ。しかし、消防団は正業を持ちながらの出場で資機材も不充分、今回のような大規模火災に対応していない。このため1戸独立延焼の火災と大規模火災は明確に分け、延焼遮断帯にどの分団が部署するのか指示すべきだろう。たとえば10時30分の段階で、十分な連携のもとでCとDブロックの間に数十台の小型ポンプを部署させることができれば、さらなる効果があったかもしれない。

【3】木造密集地域には消防力を一気に投入する

一般に出火報が入ると、事前の計画に基づき最も近い消防署所からポンプ車や救急車、はしご車などが出場する。市の大小や市街地の状況によるが、10万人規模の市であれば手持ちの3割程度を出すのだろう。最先着隊が災害現場に到着してから延焼拡大危険が高いと判断し、応援要請をした時点で初めて手持ち部隊のさらに3割を出場させる。そして空いた消防署に最低限の消防車を緊急配備するなどしている。ここで大規模火災を避けるためには、最初の出場でさらに2台程度出場させ、災害現場において手持ち部隊とし、飛び火警戒隊とするなど延焼拡大方向にすばやく配備するのだ。計画に基づいた逐次投入は、いざというときには間に合わず愚策である。

国土交通省は「地震時等に著しく危険な密集市街地」が全国に197地区5745haあるとしているが、糸魚川市は該当していない。消防は自分の目で見て、わが町の木造住宅密集地域、いわゆる消防活動困難区域を定め、どこに飛び火警戒隊を配備するのか十分に対策を立てなければならない。

【4】専門部隊も放水機能を捨ててはいけない

人口10万人の市に地方交付税上算定されている消防車両は、消防ポンプ車5台、化学車1台、救急車3台、救助車1台程度である。そこにCBRN災害や高層建物対応のためのはしご車、化学災害用の屈折放水塔車など専門部隊が必要となってくる。こうした中で、消防車両はその目的に従い、車両重量の制限もあってより専門車両となり、放水機能を放棄してきた。果たしてこれでよいのだろうか? 救助工作車が作製された当初は、当然のように消防ポンプも搭載されていたし、はしご車にも搭載されていた。私は、最後に消防に求められるのはやはり放水機能だと思うのだがどうだろうか?

もっとも専門部隊といっても消防ポンプ車と切り替え、乗り換えのような運用をしているところもあるが、この場合でも現場で消防ポンプ車に迅速に切り替え可能な体制とすることが必要だ。

【5】火災早期発見のシステムをつくる

大火まで成長させないためには、早期発見が不可欠である。昔は消防といえば火の見やぐらというくらい、早期発見に力を注いでいたが、現在は119番通報を待つばかりである。現在この119番通報があるまでにどのくらいの時間を要しているか、実はデータが無いのである。国の消防力の整備指針にしても、1棟で消火するためにはどのくらいの時間に現場到着すればよいのかというところから始まっている(消防力の整備指針はこれを人口指標に置き換えている)。そこで、出火から放水までどのくらいの時間を想定しているのか示してみよう。

出火→発見→初期消火・通報→覚知→(1分) 出場指令→(1分) 出場→(4分30秒) 現場到着→(2分)放水

このように消防機関は119番通報があって、その内容を確認した時点、いわゆる覚知からスタートしている。本来は〈出火から発見、そして通報まで〉の時間が大変重要なのだが、あまり焦点があたっていない。昔、消防署に出場指令が入ってどのくらいで出場しているのか、ストップウォッチで計測したことがある。救急車は概ね1分10秒、それ以外の消防車両は1分20秒だった。これでは遅い、1分以内で出場しなさいと命じたものが、これは出場の時間短縮にすぎない。それだけでなく、昔の火の見やぐらに代わる、早期発見のためのシステムが必要だと考えるのだ。

まず、自動通報システムの普及だ。すでに全国各地で高齢者向け緊急通報システムが実用化されている。これは自宅で火災や病気になったときに、ペンダント方式の無線発報器または本体の緊急ボタンを押すこと、あるいは熱感知器により火災を感知したときに事業者に通報し、事業者がこれを確認した後に消防に通報するというものだ。これは過去にも十分検討されてきたことだが、あえて、これを一歩進めて早急に直接消防機関に通報する方法とすべきだろう。

次に消防署所には高所カメラを設置して、24時間監視できればと思う。一部、実施している本部もあるようだが、これに煙や熱の上昇気流によって空気のゆらぎを感知し、自動的に照準を合わせ情報がとれるようにするのだ。さらに今回の火災のように強風が吹いているような場合には、竜巻状の火災になる場合があり、風下の飛び火の予測も合わせて行えると良い。

放水もむなしく、強風にあおられて燃え広がっていった。写真:糸魚川市提供
放水もむなしく、強風にあおられて燃え広がっていった。(写真:糸魚川市提供)
【6】延焼が遮断できるものを把握しておく

消防力を超えた火災は限界まで延焼を続けることになるが、阪神・淡路大震災では消防力はほとんど機能せず、大規模な火災はどこかで焼け止まりしている。これを燃え尽きるとも言うが、調査結果を見ると、実はそれぞれに焼け止まった要因が存在する。糸魚川市の火災は海岸線の道路で燃え尽きたとも言える。

阪神・淡路大震災で焼け止まり要因として大きかったのは「道路、鉄道」で40%、次いで「耐火造、防火壁等」が23%、空地が23%。これらを合計すると全体の86%になる。もちろん放水等消防活動も14%になるが、全体から見るとこの程度なのである。このため、通常の消防活動時からこれら延焼遮断に寄与するものを把握し、活動できる消防活動計画とすべきだろう。

【7】初期消火のためのインフラと地域の連携を整備する

早期の通報と初期消火は火災を臨界点に至らせないための絶対必要条件だ。どんな火災もすべて最初は小さな火災である。この火災が急激な延焼に立ち上がる前、しかも消防隊が到着する前に一撃を与えれば大火には成長しない。このため、月並みではあるが消火器や消火水の備え、住宅の耐震化、家具転倒防止や、地震時の火災対応として様々な耐震装置付機器の使用、感震ブレーカーなどの設置が必要だ。

また、地域における連携活動も重要で、防災市民組織を中心とした初期消火や延焼阻止の訓練が必要である。そのため、一般市民でも簡単に使用が可能な消防水利の開発も重要である。防火水槽に小さな蓋を付け、市民が使用できるように工夫したり、深井戸を設置して無限水利として使用すること、さらには街角消火栓のような簡単で安価な消火装置や、最近では道の袋小路に設置されている水道管の末端弁をスタンドパイプと共に活用する方法もある。

【8】火災を遮断する新資機材の導入

木造住宅密集地域内で火災が発生し、臨界点に達してしまえば、大きな道路や河川、公園海岸線などを延焼阻止線とせざるを得ない。そのような地域では、火災を遮断するための大量送水装置と水幕を組み合わせたシステムの開発が必要だ。

遠距離大量送水システムに使用されている現行の放水車の中には、1分あたり3000Lの放水が可能で、しかも河川など無限水利から100mをたったの20分で設定して放水を開始できるすぐれた能力のものがある。大規模災害が予測できる地域では、延焼阻止のためにぜひ導入してほしい。

暮れも押し迫った平成28年12月22日10時20分頃、日本海沿いの新潟県糸魚川市で発生した火災は、折からの強風でみるみる燃え広がった。 さらに風に飛ばされた火の粉が周辺各所に飛散し、飛び火による火災が同時発生。 地元糸魚川消防、さらに県内外から応援隊がかけつけて懸命な戦いを展開したが火勢は衰えず、約30時間後の翌日16時30分にようやく鎮火した。 この新潟県糸魚川市大規模火災(糸魚川市駅北大火)の延焼面積は約4万平方メートル、焼損棟数は147棟。歴史に残る大火となった。
文・写真(特記を除く)◎伊藤久巳 Jレスキュー2017年3月号掲載記事

Ranking ランキング