鎮火まで約36時間<br>2次爆発の危険下で消防隊が活動した<br>【岩国・石油コンビナート爆発火災】

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鎮火まで約36時間
2次爆発の危険下で消防隊が活動した
【岩国・石油コンビナート爆発火災】

一般火災と同じようには対応できない石油コンビナート火災。
事故の発生確率も非常に低く、活動経験者の少ない大規模火災だけに、
その対応事例をいかにして若手に引き継ぐかも課題として残る。

文◎木下慎次 写真◎岩国地区消防組合消防本部(特記以外)
Jレスキュー2012年9月号掲載記事

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深夜の岩国に突然の爆発音が響いた

活動の長期化を見越しまずは人的準備から

激しい地響きとともに建物が軋み、ほぼ同時に岩国地区消防組合消防本部の119番回線は鳴りっぱなしになった。

2012年4月22日午前2時15分頃、休日で自宅にいた岩国地区消防組合消防本部の警防課長・廣重昭雄消防司令長は、たまたまこの時間まで起きていた。突然の爆発音にとっさに立ち上がって表へ飛び出し、北と南の空をそれぞれ見渡した。岩国には石油コンビナートと在日米海軍の岩国基地がある。爆発音を聞けば、これら施設で何かあったのではないかと考える習慣がついている。基地の方角は変わった様子がなく、コンビナート方向は山の陰に隠れてしまい、よく見えなかった。すぐに通信指令課へ電話をするが、「何が起こっているかわからない」という答えしか得られない。

「とにかく、何らかの事態が発生しているはずだ」

廣重警防課長は身支度を整えると、すぐに消防本部へ向かった。

5分後には本部へ到着し、通信指令課へ駆け込むと、「A化学工場で爆発があった」という工場からの通報を受信しているところだった。だが、この段階では工場サイドもまだ災害規模や状況を把握しておらず、詳細な情報は得られなかった。「しかしあれだけの爆発音。事態は深刻に違いない」と廣重警防課長は早速、岩国市や和木町の役場に連絡を入れ、幹部や職員の招集のために電話連絡を開始した。

石油コンビナート火災
火炎が噴出しているレゾルシンプラントの状況。活動開始当初、現場は薄暗く、現場の全容を把握することは困難だった。
交代要員の非常招集

現場は日本初の石油化学コンビナートである岩国・大竹石油コンビナート地区のど真ん中、小瀬川を挟んで山口県岩国市、和木町、広島県大竹市の3市町にまたがって立地しているA化学工場だった。

通報から2分後に工場直近に位置する中央消防署東出張所の普通化学車とポンプ車に対して石油コンビナート火災第一出動指令が下命された。工場から約500mのところに位置する同出張所では、爆発の衝撃で庁舎の窓ガラスや車庫のシャッターが破損していた。出張所の隊員は状況確認を行う際にA化学工場方向の上空に火炎を目視で確認し、すぐさま出動できる態勢を整えていたため、指令が入ると同時に化学車とポンプ車が出動した。

まず先発隊を送り出した岩国地区消防組合消防本部。しかし、石油コンビナート火災での活動は、一般建物火災の対応とはまるで違う。一般の火災対応の場合、1秒でも早い出動、消火活動が重要になる。しかし、石油コンビナート火災の場合は、すぐさま水や消火薬剤を放水すれば消えるという単純なものでもない。何がどのような状況で燃えているのか、それに対してどのような対策が必要かを見極めて動かなければ太刀打ちできない。情報戦であるという部分は一般火災と共通する部分だが、その情報を踏まえ、じっくり作戦を練ってから動き出す必要がある。確実に長期戦になる。また、このような大規模危険物施設では専門知識を持つ、コンビナート火災に特化した自衛消防隊が24時間体制で配備されているので、施設内での消火活動はまず自衛消防隊が主導して行うことになっている。

岩国地区消防組合消防本部が出動させる車両は、コンビナート災害では必須のいわゆる3点セット。高所放水機能付きはしご車(大型高所放水車仕様のはしご車。以下、はしご車)と大型化学車、泡原液搬送車だ。

「うちは限られた人員で災害対応を行っており、中央消防署管内から同時に出せる救急車は3台。まずは負傷者がいるのか、いるのであれば救急車を優先して出さなければならない。薬剤はひとまず大型化学車積載分で対応し、泡原液搬送車は非常招集で参集してきた職員が現場に送り込むという方法を採らねばならない」(中央消防署長・黒元一男消防司令長)

災害の状況により初動対応の仕方、優先する出動部隊が変わってくる。すべては工場との連絡で得られた情報を元に判断し、最善のパターンを導き出す必要があるのだ。

今回は、工場でも負傷者の数が確認できなかったため、最初は救急隊を本部待機とし、救急要請に即応できる人員が確保されていた。

出動車両の準備も必要になる。はしご車は大型高所放水車に変化させるため、一旦車庫から出し、先端部分に放水砲を取り付ける。後発で出動する泡原液搬送車のセッティングも必要になる。岩国地区消防組合消防本部では普段はタンクに消火水を積載し水槽車として運用しているので、積載した水をすべて捨て、備蓄されている消火薬剤に入れ替えなければならないのだ。

準備が完了したはしご車と大型化学車が先に出動した。この時点で、先着隊からの情報として東出張所部隊より「レゾルシン(自動車タイヤ等のゴム用接着剤などの原料)プラントで爆発火災が発生し、負傷者が数名いる」との初期状況報告が入った。これを受け、特命出動によりポンプ車、タンク車、救急車4台を出動させた。

関係機関などへの連絡を終えた廣重警防課長は現場対策本部に入り、そこから情報収集を行うため、指令車でA化学工場へ急行した。工場の事務所に入り、監視カメラ映像などで状況を確認しながら関係者から情報をとり、そこで得られた情報を消防本部に送り、対応を検討していた。

「どのような資機材でどのような動きをとるか。今回は先に直近2隊を出し、その間に3点セットを準備し、負傷者があれば救急車を出すことにした。こうした展開も、先を見ながら実行していかねばならない。じっくりと態勢を整えないと後から変更することが難しい」(廣重)

交代要員の算段など、長期戦を見据えた事前準備が完了した段階で、中央消防署長の黒元一男消防司令長が現地に入る。工場の保安担当者の誘導により現場に入ると、3カ所から火炎が噴出していた。

黒元署長は、工場側の現場指揮本部長から「レゾルシンプラントや近隣のサイメンプラント、プラント配管ラックで、計2カ所のプラントと1カ所の配管ラックから火炎噴出中。負傷者は数名ある模様で現在確認中。公設消防部隊、自衛消防隊、共同防災組織の大型高所放水車等18台による泡放射およびターレットによる冷却放水中」という情報の申し送りを受け、現場最高指揮者として指揮権が移譲された。

この災害では岩国地区消防組合消防本部から消防車両13台が、それ以外に周辺5社の自衛消防隊、そして同コンビナート地域の共同防災組織からも消防車両が投入され、計30台による消火活動が行われた。

石油コンビナート火災

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プラントは熱で複雑に変形。炎が燻る内部に水が届かない!

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