関越道大型バス単独事故<br>【災害事例ドキュメント】

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関越道大型バス単独事故
【災害事例ドキュメント】

見たことのない凄惨な現場
とにかく車内から全員を救出しなくては!


平成24年4月29日(日)早朝、関越自動車道上り線藤岡JCT付近(78.8キロポスト付近)において、
金沢市から東京方面に向かう大型観光バス(運転手1名、乗客45名)が、
道路左側のガードレール及び防音壁に衝突し、大破。乗員乗客多数が負傷した。
午前4時51分、高崎市等広域消防局覚知。以降、消防、医療スタッフによる救助救急活動が実施された。
メディアでは、DMAT要請の遅れが取り沙汰されたが、消防による迅速な救出、
現場トリアージは適切に行われ、助け得る者は救急搬送により一命を取り留めた。

メイン写真:大型油圧救助器具により窓枠部分の切断・拡張を実施する。事故車両後方では救急隊により現場救護所の設営が急ピッチで進められている。(写真提供:高崎市等広域消防局)

文◎木下慎次
Jレスキュー2012年9月号掲載記事

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高速道路外側から事故車両を見た状況
高速道路外側から事故車両を見た状況。車両の左外壁が防音壁により削り切られ、外側にぶら下がった状態となっている。時間が経つに連れて上空には取材ヘリが殺到。低空飛行も行っていたため、県防災航空隊を通して高度を上げるよう依頼した。(写真提供:前橋赤十字病院)
活動開始初期の状況
活動開始初期の状況。夜明けから間もない時間であり、本線上はまだ薄暗い状況だった。写真手前から延びるホースは群南ポンプ隊による消火筒先につながる。(写真提供:高崎市等広域消防局)
事故車両内部を後方から前方に向かって見た状況
事故車両内部を後方から前方に向かって見た状況。車両左側壁が防音壁に入れ替わった状況となってしまっている。写真は人命検索実施中の様子で、座席などを車外に出した状況なので整然と見えるが、活動中は座席や手荷物で埋め尽くされ、足の踏み場もない状況だった。(写真提供:高崎市等広域消防局)

多数傷病者発生!
重傷者を救った 救急隊のトリアージ

覚知から現着
早朝の高速道路上という特殊環境、 いつもと異なる違和感

指令管制員の機転、 第一出動で2隊増隊

日曜日の早朝。仮眠室で体を休めていた高崎市等広域消防局警防課指揮隊長の田中治夫消防司令長(取材当時)は、出場指令により叩き起こされた。同局では平成21年に局指揮隊が発足。各署の指揮隊は副署長をトップとしたいわゆる日勤指揮隊となっており、夜間や土日祭日の災害には局指揮隊が即応する仕組みになっている。

午前4時51分、第一報が高崎市等広域消防局に入った。さいたま市にあるNEXCO東日本(東日本高速道路株式会社)の道路管制センターからの通報だった。

「関越自動車道の上り78.7キロポストで大型バスの単独事故。事故車両後部から煙が出ている。負傷者が多数いる模様」

ただごとではない状況なのは確実だった。そして、高崎市等広域消防局では漠然とした違和感を感じていた。災害が大規模であれば、目撃者からの通報が集中し、さらに関係者からの督促通報も入ってくるのが常で、災害規模が大きくなればなおさらだ。しかし、通信指令課は異様なまでの静けさに包まれていた。

発生場所は関越自動車道上り線の藤岡JCT付近。住所でいえば群馬県藤岡市となり、多野藤岡広域消防本部管内。だが、高速道路は一種の閉鎖空間。外部から容易に進入できない構造のため、消防本部の受け持ちはインターチェンジからインターチェンジ間を基本として、群馬県等関越自動車道等消防連絡協議会の応援協定書に基づき担当消防本部が定められている。今回の事故が発生した地域は、住所は藤岡市になるが、担当する消防は高速道路上の区分けにより高崎市等広域消防局となっていた。こうした事情から、NEXCO東日本からは連絡が入ったが、事故現場周辺の一般人からの携帯電話などによる119番通報は多野藤岡広域消防本部に入電してしまっていたのだ。結果として高崎市等広域消防局が得た初期情報は限られたものとなってしまっていた。

だが、この状況が指令管制員の決断を早めた。「とんでもない状況になっている」と確信した管制員は、通常なら交通救助として6隊規模の部隊を投入するところだが、負傷者多数で発煙しているという申告を受け、出動隊数を厚くし、高速道路車両火災として出場指令を下命。救助隊と救急隊の特命分が加わり、計8隊が現場に急行した。

事故現場周辺の状況
事故現場周辺の状況。高速道路は、現場を目にするまで真の被災状況は分かりにくい。(写真提供:前橋赤十字病院)
「数名」の事前情報は実際には「多数」だった

指令を受けた田中ら出場部隊はすぐさま車両に乗り込み、本部併設の中央消防署を後にした。

「実際に起こっている災害の内容と、通報で入ってくる情報の少なさ。そのギャップに隊員らは通常と違う何かを感じていた」(田中)

現場は高崎市等広域消防局が受け持つ区間としては最も遠い地点。局指揮隊と中央署部隊は現着まで若干の時間を要する。通常であればその間に、関係者や後から119番通報で得られた情報が無線で入ってくるが、今回はそれもない。否応なしに不安をかき立てられた。今から20数年前、田中は一般道でバスが路側帯に衝突するという事故を経験していた。このときは負傷者数が多かったものの、いずれも軽症だった。今回もそうであってくれ。願うような気持ちを込めながら、活動方針を発した。

「──出場各隊にあっては人命救助を最優先実施。並びに警戒線の設定、現場救護所の設営、トリアージ実施、収容可能病院の把握を実施せよ。また、安全管理の徹底に留意せよ」

状況がわからない。あとは最先着隊の状況報告を待つしかない。高崎インターチェンジ直近にあるのは高崎東消防署群南分署。そこからも消防隊1隊を出場させていた。道路距離にしておよそ9km。災害覚知からおよそ16分後の5時7分に同隊が最先着隊として現場到着した。

事故車両を確認すると、確かに車両後部、つまりエンジン部分から白煙が上がっているのが確認できた。群南隊はただちに1線延長し、水槽車の水で一撃を加えた。発煙はこの放水で収まった(後の火災調査により、出火の痕跡等は認められず火災の事実はなしと認定されている)。並行して、群南中隊長は先着中隊長として現場を一巡し、状況確認、初期状況報告を送った。

「路側帯に約20名の乗客を確認。車内にまだ数名の要救助者がある模様。NEXCO東日本及び高速道路交通警察隊は現着済み。2車線を規制し、追い越し車線は現在、一般車両を通している。NEXCO東日本に対し道路通行止めの措置を依頼中」

最先着隊による初期状況報告が入った。状況はやはり深刻だった。程なくして局指揮隊や中央署部隊も現場へ到着。指揮隊の2名に現場指揮本部の設定を下命すると、田中は走り出した。視界に飛び込んできたのは、想像を超える状況だった。

バスは道路脇の防音壁に激突し、大破した状態でそこにいた。幸い、事故車両右側面に設けられた非常口は無傷。自力歩行が可能な者はそこから脱出し、路肩に避難済みだった。先着中隊長と合流し、情報を取る。火災危険は排除済みで、バス内に要救助者が多数取り残されていることが判明した。

あとは車内の要救助者を救出するのみ。しかし、車内の状況を確認した田中は愕然とした。

事故車両後方に現場指揮本部を設定
事故車両後方に現場指揮本部を設定。軽症者を含めた全員の氏名や負傷程度などを作戦卓に書き込んでいった。(写真提供:前橋赤十字病院)
藤岡JCT担当消防機関図
高速道路上の消防の担当区分。消防車両が進入できる地理的要因から4本部で分担している。

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重傷者は「多数」 救急隊長もバス車内からトリアージ開始!

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