切り立った岩壁で命を繋ぐ!<br>日本屈指の山岳救助のプロ集団<br>富山県警察 山岳警備隊

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切り立った岩壁で命を繋ぐ!
日本屈指の山岳救助のプロ集団
富山県警察 山岳警備隊

「登山者の最後の砦」といわしめるほど山の救助に実績のある富山県警察山岳警備隊。
消防レスキュー隊ではカバーできない領域で高度な救助活動を展開する、警察山岳警備隊の中でも日本一のレベルを誇る部隊だ。
彼らはどのような技術を備え、次々に発生する山の事故にどう対応しているのか

写真・文◎木下慎次(特記以外)
Jレスキュー2014年9月号掲載記事

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本格クライマーが形成する救助部隊

平成24年中の山岳遭難者数は2465人で、うち死者・行方不明者は284人。遭難事故発生件数、遭難者数ともに昭和36年以降で最も高く、遭難者数は10年前から48%も増えている。初心者向けのルートで発生する事故から上級者向けの難所で発生する事故まで、いま山岳救助はさまざまな事案に対応しなければならない。

富山県警察には北アルプス3000メートル級の山々で救助・警備活動を行う山岳警備隊がいる。山岳救助隊を強化する形で昭和40年に発足し、その技術の高さ、救助実績から日本最強といわれる隊だ。

同隊の所属は富山県警察本部の生活安全部地域課。まず隊長と副隊長、分隊長の3名は警察本部で、組織運営スタッフとして救助活動時の後方支援を行う。実働隊員25名は4警察署に配属されており、生活安全部地域課山岳警備隊を兼務し、要請があれば現場で救助活動を展開する。大多数の隊員は交番勤務などを担当する地域警察官だが、ゴールデンウィークや夏山登山シーズンになると山の警備に駆り出され、事故が発生すれば、その度に出動する。

国内には長野県、群馬県、北海道など山岳警備隊を組織する警察がいくつもあるが、トレッキングのシーズンである春〜秋だけでなく冬も含め、年間を通して隊が機能しているのは富山県警察本部を含め数える程しかない。上市警察署所属の15名のうち8名が専任隊員として通年で活動を行っている。

山岳警備隊を構成する全28名の警察官のうち、実に18名が県外者である。彼らの中には学生時代から登山経験が豊富な登山家もいる。富山県警察の山岳警備隊は年間を通して山で仕事ができ、文字通り人の役に立てる仕事として人気があるためで、同隊への配属を希望して富山県警察の門をくぐる若者が多い。かといって配属された隊員全員が登山経験者というわけでなく、最近は配属されてから初めて本格的な登山を学ぶ警察官もいる。

山道まで雪上を登る
要救助者をスノーボートに収容し、山道まで雪上を登る。
(写真提供/富山県警察本部)
救助スキルよりもまず登山技術

山岳警備隊が隊で本格的な訓練を行うのは難しい。いつ発生するかわからない事故などに備え、まず体力を温存しておく必要がある。加えて、もし訓練で山中に入っている間に、別のエリアから出動要請が入ると、現場到着が遅れてしまうというリスクが発生する。そこで、隊員らは非番日に個人的に山に入って技術や体力の向上を図ると共に、受け持ちエリアの状況を把握するように心がけているという。また、組織的な訓練としては年に9回程度、警備活動が多忙を極めるハイシーズンを避けて実施している。

訓練は1日規模のものもあれば、実際にテント泊を挟みながら複数想定を10日程度かけて行うものもある。これらの訓練には県警ヘリも参加し、航空隊と連携した想定訓練が繰り広げられる。また、毎年新人が加わるので、経験の浅い隊員に対して先輩が山中の歩き方からレクチャーする。管轄する立山の室堂平は初夏でも雪が残る高度にあり、ほとんどのシーズン雪の上を歩かねばならないのだ。また、わずかだけ雪のない時期があるが、平坦な場所がほとんどない登山道や道から外れた場所などを移動しなければならない。救助技術のスキルを習得する以前に、山を歩けることが最も重要な、山岳警備隊に求められるスキルなのだ。

応急処置を実施
要救助者に接触し、応急処置を実施して救出を開始する。
(写真提供/富山県警察本部)
要救助者の救出訓練
雪渓と岩壁の間に転落した要救助者の救出訓練。
(写真提供/富山県警察本部)
初心者に人気の立山 難易度の高い剱岳

立山(雄山・大汝山・富士ノ折立)は剱岳のような岩場が少なく、比較的登りやすい山である。これに近年の登山ブームが相まって、年齢や性別を問わず多くの登山者が頂上を目指すようになった。しかも、登山口となる室堂までは立山黒部アルペンルートにより、富山県側は立山駅(富山地方鉄道)から、長野県側は大町市の扇沢駅(関電トンネルトロリーバス)からロープウェイ、ケーブルカー、トロリーバスなどの交通機関を利用して簡単に到達できるという環境にある。しかし、室堂でも標高が2450mと高く、気圧は平地の4分の3程度。室堂にアルペンルートで到着し、すぐに歩き出してしまったため体に負担がかかり、高山病に陥る登山者が後を絶たない。高山病になって行動不能となる遭難のほか、立山周辺では浮石などでバランスを崩して転倒して負傷するケースも多く発生している。

一方、岩場の多い剱岳の場合、早月尾根や別山尾根の上部危険箇所に鎖場やハシゴがある。登山経験豊富なクライマーが慎重にアタックしても、時として重大な遭難事故が発生する。登るだけでも大変な山においては、救助活動も困難を極める。こうした場合には県警航空隊と連携するのはもちろんのこと、富山県警察山岳警備協力隊を構成するガイドや山小屋スタッフ、山岳会などとも連携を図り、活動を共にしながら救助活動を展開している。

夏の背負い搬送の模様
夏の背負い搬送の模様。自力歩行不能な要救助者は、背負って共に下山することも多い。(写真提供/富山県警察本部)

予防活動も積極展開

遭難件数が平成20年に過去最多の133件となったことをきっかけに、富山県警察山岳警備隊では登山指導や注意喚起などの予防活動に力を入れている。夏場の登山者が多い時期に合わせて、飛騨山脈を共に守る長野県警察や岐阜県警察とも連携し、都内にある大手登山用品ショップの協力を得て、啓発キャンペーンを実施した。遭難者の居住地データを見ると、県外者、中でも東京都在住の者が多かった。そうした実態を踏まえ、東京でのキャンペーンが実施されたわけだ。他にも各山小屋を回って実施する出前講話など、あらゆる方法を駆使して遭難防止活動を行っている。

山岳警備隊配置警察署
常駐拠点
富山県警察本部の山岳警備隊
富山県警察本部の山岳警備隊

室堂警備派出所

室堂平にある立山センター総合活動拠点施設に置かれ、山岳警備隊が常駐する派出所。
室堂平にある立山センター総合活動拠点施設に置かれ、山岳警備隊が常駐する派出所。
山岳警備隊では警察無線ではなく、富山県山岳遭難対策協議会が免許を受ける山岳遭難対策専用無線(166.23MHz)を活用。平時は事務処理、入山届けの受付などを行う。
山岳警備隊では警察無線ではなく、富山県山岳遭難対策協議会が免許を受ける山岳遭難対策専用無線(166.23MHz)を活用。平時は事務処理、入山届けの受付などを行う。

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