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三重県防災航空隊が本気でつくったコスパがよくて〈使える〉ヘリ
細部仕様を隊自らで決定する
機種決定後からが防災航空隊の出番となる。いわゆる一般的な県主導ではなく、防災航空隊が意見をまとめ、それを県防災対策部が支え、細部の仕様を決定していく方法がとられた。三重県では、今後この機体を運用していく航空隊自らの意思が十分に反映される理想的な調達方法を採用したのだ。
機体の購入にあたっては、まず基本装備だけを備えた機体のみの契約を行い、各種装備や整備資機材は次の4点に留意した上で、徹底的なコストパフォーマンスを追求しながら揃えることにした。
・ 調達のコスト削減
・ 高レベルの安全性確保
・ 後年度負担の軽減
・ 使命の明確化
調達コスト削減では、機体予備部品、機体整備専用工具などの資機材について、指定代理店でなければ調達できないという先入観を捨てた。機体メーカーのレオナルド社が製造するもの以外、さまざまな資機材に関して徹底的に電子入札を続けた。
「価格が100万円超のものは、まとめ買いせずに細かく入札し、その数は60を超えた」(内山)
しかも、削減できた調達コストの一部は、機体の安全性向上に充てた。たとえば、運航中に天候が急変し、急激な気流の変化やホワイトアウトした場合等に備え、オートホバリングシステムを追加するなど、安全のためには惜しみなく追加装備を加えた。
「安全性を高める装備は機体によって異なる。機種を決定してから、隊員や機長、整備士と真剣に検討を重ね、AW139を運用する他県の隊からも情報を得て、安全性を向上させるアイテムを選んだ」(内山)
全席デジタル通話装置は自治体ヘリ初
追加装備には、全席デジタルICS(機内通話装置)、メンテナンスグリップバー(グッドリッチホイスト装着機では世界初)、バックビューカメラ等が挙げられる。
AW139に機種が決まってから、この機体の弱点を徹底的に分析し、隊員にとって必要な2つの対策を加えた。その一つが、カーゴ内後部で活動する隊員のためのデジタルICSの追加だ。
元来、旅客機として設計されているAW139は、後部キャビンにクルー用デジタルICSが1セットしか乗っていない。1名以外はアナログのICSを利用することになるが、音声の質が非常に悪く、特に無線を運用する時には致命傷になる。緊急運行時はキャビンで活動する4名の隊員すべてが無線を利用することから、デジタルICS2基を追加し、全員が機長等と同じクリアな音声で無線を利用することができるようにした。
安全を確保するグリップバー
機体の安全性を向上させるためには、飛行前・飛行後の点検を行う整備士の整備性が良くなければならない。AW139は、ギアボックスやエンジンすべてが機体上部に配置されていることから、整備士の落下防止のため、機体上部にホイスト装置の形状に合わせたメンテナンスステップを取付けた。このステップ下部にはグリップバーを設け、救助活動時の握り棒としても活用される。UTCグッドリッチホイスト装着機では世界初で、メーカーのエアボーンシステムではこの機体で型式証明を取得して商品化した。
バックビューカメラも自治体ヘリ初
三重県防災航空隊では山岳救助での現場上空離脱時などには、隊員がスライドドアから身を乗り出して目視でテールの接触危険を確認してきたが、AW139では機体形状により後方視界が利かない。そこでバックビューカメラを導入して右側ステップ下面にカメラを装着し、テールの確認を行うようにした。自治体が運用するAW139では日本初の装備である。
後部キャビン
高額な電子部品は保証制度を活用
AW139のように最新式のヘリコプターは電子部品を多用している。しかし、その故障はどの機体でも数多く報告されており、自治体の多くは主要な部品の予備を購入して備えている。しかし、全てをそろえる事はできない。万が一ストックしていない部品が故障した時はメーカーから取り寄せるため、場合によっては数ヵ月の運休となる。しかも非常に高額だ。
そこで後年度負担の軽減をはかるために三重県が自治体で初めて導入したのが、HAPPといわれる電子部品の保障制度である。これは電子計器メーカーのハネウェル社が行うサービスで、機体に装着された電子部品をあらかじめ登録しておき、故障の報告があれば直ちに本社から空輸され補修部品は3日以内に基地へ届く。輸入のための手続き等を考慮しても、5日以内の現状復帰が可能だ。しかもデリケートな電子部品の保管に気を遣う必要がない。
「防災ヘリコプターの使命とは何かについて徹底的に話し合った。その結論は、とにかく運休しないこと。運休時間を1分でも短縮することにこだわった。保障費用は10年間で約3000万円だが、故障頻度から試算すると約3億1000万円分の部品を手に入れたのと同じ効果がある。保障制度には予算上起債を充てることができず、防災対策総務課による財政課とのたび重なる協議、調整が必要だった」(内山)
予備部品は、他県のAW139の過去の故障箇所をリスト化し、複数例の故障があった部品だけを保有。さらに、予備部品はユニット単位に組んだアッセンブリーで保管することとした。
消火はバンビで十分
一方で、緊急運航件数に占める割合が山岳救助と比較して小さい林野火災に対しては、アイソレイヤーやファイヤーアタックなどのドロップタンクではなく、バンビバケット(1000リットル)で対応することとした。
「ドロップタンクの装着時間や、これを装着したことによってヘリテレが使用できなくなるマイナス面を考慮すると、バンビで十分ではないかと判断した」(内山)
そのかわり、日本初となる吸管(パワーフィルシュノーケル)付きバンビMAXを採用。これは水深60㎝あれば1トンの水を60秒で吸い上げられ、ドロップタンク同等の性能で林野火災事案に備えた。
このほか、廃車のタグを利用した電源車、台車に積載した安定化電源、金属加工店に発注した機体整備台などの効果もあり、機体更新に伴う総決算は、より安全になったにも関わらず、予算額28億7242万円(うち機体整備費用24億1130万円)のところ、20億2499万円(同16億7800万円)となり、実に8億7943万円(同7億3330万円)を節約できることになった。
ヘリテレシステムも地上と機体で大きく前進
そこで節約できた予算は、地上に整備するヘリテレ伝送システムの拡充に充てた。県内のヘリテレ映像を受信して県庁へ送る無線通信設備を計5基整備することができたのだ。非常時には応援ヘリを含めた5機分のヘリテレ映像が同時に災害対策本部で見られることになり、迅速・的確なヘリコプターの情報収集能力がさらに向上することになった。
「情報収集も我々の重要な任務。たとえば地震災害や津波などの映像を見せることができれば、県民はより早く避難行動に移れる」(内山)
また、自機のヘリテレシステムは池上通信機製の撮影位置表示装置を内蔵した最新モデルを導入。動態管理システムにより、ひざの上に置いたタブレットに撮影している地点が表示できたり、地上からの緯度経度の指示によってカメラが自動的にその方向を映し出したり、また機体から災害地点にダマート(レーザー照射)するとその地点を記憶し、タブレットの地図上に座標を表す。これにより、機上から指令地点を探したり、災害地点を特定した後の再進入時などに大きな力を発揮することとなった。情報収集活動はもちろんのこと、山岳救助事案でもヘリテレは必要不可欠なアイテムとして進化を遂げている。
従来比約2倍のパワー、1.5倍のスピード
AW139はもともとハイ・スペックの機種である。山岳救助を重要視する三重県防災航空隊にとって、従来機種の2倍近いパワーは、山岳地帯という高所でのホバリングで長所を如何なく発揮する。さらに、オプションのオートホバリングを採用しているため、山岳救助での運用スキルは更新前にくらべて著しく向上した。
最大速度は204km/hから306km/hへと飛躍的に向上し、県内全地域への進出時間が短縮されたほか、航続距離も延び(最大後続距離は798km)、隊員2名と医師2名搭乗の場合で福島空港や大分空港あたりまでが進出可能距離内に入った。また、臓器空輸など緊急搬送事案で東京へと飛ぶ場合でも、従来は静岡空港で給油しなければならなかったが、伊勢湾ヘリポートから東京都内の医療機関へ無給油で飛行できるようになった。それでいて全備重量は6.8トンと7トン未満に抑えられているため、日本のほとんどの医療機関のヘリポートに着陸が可能だ。
三重県特産の真珠をイメージした、光るパールマイカ塗装が施された機体は、太陽の光を浴びると美しくキラキラと輝く。あまりの美しさにイタリアのデザイナーが泣いたというこの機体マーキング。そんな美しい機体が、緊急運航ではダイナミックな動きで空気を切り裂き、現場へと駆けつける。
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要救助者の元へと上空から救助隊員(R1)がホイスト降下により進入する。