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一般車両から次世代自動車の対処法までを網羅!
車両救助を極める
出動途上から準備開始
救助に携わる隊員は全員、先に挙げた現着後に行う3つの事項を共通認識として持っているが、その上で、出動途上の車内では、現着後に情報収集を担当する者、二次災害防止の措置に当たる者等の担当分けをしておき、さらに通報内容から活動を予想し、必要と考えられる資機材は、誰が何を携行するのかを話し合っておく。名古屋市消防局特別消防隊の場合は、隊長の活動方針のもと、各々が指示待ちではなく「私は○○と○○を持っていく」「じゃあ俺は○○と○○を持っていく」と進言していき、すばやく現着に備えている。
クレーンとブロックで行う『車体の安定化』
想定する事故のシチュエーションは、要救助者が横転した車両の下敷きになっているというもの。ここでの狙いは、エアジャッキで車両を持ち上げて要救助者を引き出すことだが、いきなり持ち上げようとすると不安定な状態の車両が倒れて活動隊員にも危険が及ぶため、その前に横転した車両の安定化を図らなければならない。
車体安定化の方法としては、支柱固定する方法等もあるが、名古屋市消防局では大型クレーン車を運用しているため、今回はブルースリング(約8m)を車体に玉掛けし、車体が左右に動かない位置までクレーンで引き上げ、スリングにテンションをかけ、同時に車体下部にもブロックをあて、安定化する。そしてマット型エアジャッキを挿し込み、エアジャッキを膨らませることで車両をしっかり持ち上げる。三角形のブロック(ステップチョーク)は隙間に挿し込みやすく、車両の傾きを固定して要救助者にかかる負担を軽減してくれるので最初に設定し、そのあと他のブロックやあて木を重ねてマット型エアジャッキの設定を行う。エアジャッキにて持ち上げる際、同時にクレーンフックも巻き上げることで、常に車両安定化を図れる。
肝は設定位置
一見、それほど難しいように見えないエアジャッキによる挟まれ部分の引き揚げだが、実際にやってみると狙いどおりに持ち上がらないことがある。要救助者が下敷きになっている部分だけを持ち上げれば良いのだが、だからといって設定場所はどこでもよい訳ではない。たとえば車両のドア部分やフェンダー部などは面が平らで設定しやすいが、そこでマットを膨らませても鋼板がへこむだけで車体自体は持ち上がらない。マットを当てやすいAピラー、Cピラーなど硬い部分に設定することがポイントになる。
マットを設定する場所も重要だ。土台になるあて木やブロックの中心で、なおかつピラーにマットの中心が来るように設定しないと、マットを膨らませた時に100%の力がピラーに伝わらない。膨らませたマットは球状になるので、中心からずれていると膨らませた時にマットが横にずれたり弾けて外れてしまったりする。過去に鉄道事故訓練でエアジャッキを膨らませている際に、下の敷板が弾けて飛んだことがあったという。幸いにも人に当たることはなかったが、大事故につながる恐れもあるので、隊員は設定箇所の正面に立たない、また立たせないように気を付けたい。
車両の裏側も見逃さず全体を監視する
交通事故の救助対応は、特殊な資機材を使うわけではないが、初動で行うべきことを忠実に実施することが大事だ。現場に到着して、血だらけの要救助者を目にすると、ついそこだけに気持ちがいってしまいがちだが、まず自分の身を守り、一歩引いた目で現場全体を見ることを心がけたい。現場の全体を見ないで、要救助者の挟まれ箇所だけを躍起になって広げようとしても、車両の外側が電柱や壁なので拡張できない、ということもある。また今回のように挟まれた足の先が車の裏側に出ている時など、車体を持ち上げた時に、足に急激な変化がないかなども注意深く監視する必要がある。
最新車両の構造に注意
最近の災害傾向として、名古屋市消防局管内での交通事故件数は年々減少しているという。また車両自体の安全性能が向上しているので、かなり激しく衝突したような事故であっても、バンパーがクッション代わりになり、車両が激しく損傷していても要救助者は重症でないことも多い。その中で注意が必要なのが高級車や外国メーカー車両である。これらの車両はピラー部分にエアバッグのガスボンベが内蔵されていることがあり、その有無は剥がしてみないと外観ではわからないので、ピラーを切断する場合には注意が必要だ。万が一、ボンベ部分を切断してしまうと、高圧のガスが噴出し、受傷する危険性がある。また外国メーカーの車の場合、構造が日本の車両と全く異なり、国産車ならボンネットを開ければバッテリーの場所は大体わかるのに、外国車両は車体中央部や後方にバッテリーがあることもあるので、慌てずに探す必要がある。
最新車両は、すぐにエンジンを切らない
他にも注意すべき点がある。その一つが最新車両のメーター、操作部の電子化だ。事故車両は活動時の安全管理のためにサイドブレーキがされているのかを確認して活動を行うのが常で、以前ならブレーキの位置を見ればすぐに確認できたが、最近は電子ボタンになっているので、現着時にエンジンが切られていると車両の状態が判別できないのである。シフトレバーのパーキングについても同様だ。リアハッチも鍵穴がない電子鍵になっているので、一旦エンジンを切ったらそれらの操作が一切できない。そのため、消防が事故車両のエンジンを切る場合には、その前にシフトレバーとサイドブレーキを確認し、リアハッチを開けておくなど最低限必要な動作を行うようにしている。もし現着前にエンジンが切られていたら、タイヤに輪止め措置をして対処するしかない。
またハイブリッドカーや水素自動車などの次世代自動車はさらに構造が従来の車両と異なるので、第四方面隊ではハイブリッド車両、水素自動車の基本構造と対処法について簡潔にまとめ、「特消情報」としてすべての活動隊に向けて情報提供を行い、情報のアップデートを図っている。
【固定とジャッキ設定】
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事例から学ぶ〈困難な現場〉