消防にとって、リーダーの条件とは何か?

Special

消防にとって、リーダーの条件とは何か?

Twitter Facebook LINE

有能なリーダーに共通する人間力

1.経験・知識に裏打ちされた自信

災害現場に同じものは二つとない。突然、予期しないことに遭遇すると冷静さを欠き、さらに災害を拡大させてしまう恐れがある。どんな災害に対しても、冷静さを維持するためには知識と経験に裏打ちされた自信が必要である。それを得るためには自己研鑽しかない。経験だけでは知識は補えないというのであれば、それは事例文献などで勉強するのだ。もし建築構造の知識があれば、建築崩壊の予測が可能であるし、化学の知識があれば地下鉄サリン事件のようなテロ災害にも適切に対応できる可能性が高まる。

2.判断力と実行力

混乱する災害現場において、強力なリーダーシップを発揮し、部下を指揮し、任務を遂行するリーダーには、強固な信念に基づく決心と実行力がある。

もちろん、リーダー=隊長が下した防御方針には責任が伴うが、そこで責任を逃れようと考えていたのでは正しい判断もできないばかりでなく、災害を拡大させ指揮下の部隊を混乱させるのみである。消防活動の対象となる災害は千差万別で、任務遂行の手段も多様であるが、防御方針は短時間に決定しなければならない。なぜなら時間が経過すればするほど対応が後手々々に回ってしまい、災害が拡大する可能性が高まるからだ。

できるリーダーは、責任を自覚し、方針を速やかに定め、その方針に従って部隊を強力に牽引することができる指揮者だ。

3.部隊統率力

一般に行政機関や企業においては統率という言葉はなじまず、管理や指導、教育などといっているが、軍隊や警察、消防のように任務達成のために実力行使を手段とする機関ではこの統率力が重要である。この概念は、災害現場は当然のこと、事前訓練でも持っていなければならない。

部隊統率力の高いリーダーが行っていることは、第一に部隊の活動能力を向上させることである。消防活動は災害の活動性、行動危険、偶発性等の特性に対応するために高度な活動能力と組織力が要求される。それは一朝一夕に達成できるものではなく、部下を育成訓練し、あらかじめ事態発生に備えて戦力を養うことが重要である。

第二に組織の一体性を強化することである。組織は感情を持った個人の集合体であり、任務に対する各構成員の任務遂行意欲いかんによって活動結果は大きな影響を受ける。できる指揮者は上下相互同僚との信頼関係を維持して行動力を高め、災害時においてはあたかも組織が生命体を有するように一体性を維持し確保している。

4.忠誠心を持つ

「下への忠誠心は上の忠誠心を生む」

多少古いような気もするが、組織への忠誠心と上司への忠誠心は消防活動にとって不可欠のものだ。また部下への忠誠も重要で、よきリーダーは本質的に部下の福祉に対しても配慮し、その合法的利益を守る意思、部下を危険下に置かない、殉職者を決して出さない、という覚悟を持っている。

5.部下を熟知している

部下の技量や能力を普段から熟知しておかなければ、災害時に十分な活動はできないし、命令もできない。そのためには訓練や実災害での活動内容を検討することに加え、過去の経歴などからも部下を熟知しておくことが必要である。また、部下の得意な分野や趣味、家庭の事情なども頭に入れておくことだ。

把握すべき部下は、リーダーの階層によって異なってくる。小隊長が隊員全員を把握するのはもちろんだが、大隊長、課長も指揮隊長、各隊の隊長ら、ある一定以上の指揮者の名前を憶え、把握していなければならない。

よきリーダーへの道のり

部下を知る

リーダーシップを得る道は、長く困難な旅路である。部下があってのリーダーで、まず部下を把握しなければリーダーシップは得られない。そのためには部下の人格、思想、目的、生活態度のすべてを直接視野に入れることだ。さらに部下の待遇や権利、特権、その他の部下のための機会などの事項についても、絶えず時代に後れぬように配慮すべきである。また困難な災害活動をやり遂げた際には、公平な検討により賞を与えることや、逆に過失があれば罰も必要である。

ただし、リーダーは部下と馴れあいの友人となってはならず、部下より少し離れたポジションにいるべきである。これは、けっしてリーダーが高慢で近寄りがたいということではない。むしろ、リーダーは愛想がよく明るく、近づきやすくなければならない。その意味するところは、特定の部下と懇意になればえこひいき、不公平、不満、ねたみ、猜疑心を他の部下に起こさせることになるという訳だ。リーダーはある程度孤独であるべきなのだ。

部下を芯から育てる

消防の業務とは24時間365日地域の中にいて、市民の人命、身体、財産を守ることである。この役割を執行するため、リーダーは部下が常に高い道義的基準をかん養するように育成する責任がある。

道義的とは、いわゆる地域の安全のために、正直で誠実、組織への忠誠、いかなる災害にも立ち向かうという義務と責任のことである。消防学校に入校した新人らは、18歳〜30歳までの、まさしく人生の形成期にある者達である。彼らの中には、生まれて初めて親元を離れたという者も多い。立派に成長した人格の持ち主もいるが、これからの人もいる。こうした若者の生活をゆだねられたリーダーの義務は、全員に一様に高い道義的基準を育成していくことである。自己が指揮する部隊の隊員らには反社会的な行動をさせてはならないのである。

部下の大切さに気づけるか

大事なことは部下の信頼を得ること。これを自身が強く感じたのは、警防課長として現場に出るようになった時からだった。配属された大森消防署管内では火災が多く、2年間で計6000㎡も焼損した。ちょうど阪神淡路大震災の後で、震災を想定した訓練も頻繁に実施していた。これらの現場経験と訓練を通し「大規模災害に対応するには、部下をよく知り、部下との協力体制を強固にして部隊を強くしないとやっていけない」と痛感した。それまでは、部隊活動というのは自然に始まって、自然に消防活動が行われる、と勘違いしていたかもしれない。しかし、現場に出てみればそうではなかった。部下も人間であるから、危険なところには行きたがらない。それに対してどう策を講じるか、決めるのは自分であることに気づかされた。

部下を知るために大事なことは、とにかく訓練や実災害を見て、そこで隊がどう動いたのかを知ることだ。そして、その時の隊の動きが上手かったか、下手だったか等の評価を直接本人に伝えることである。東京消防庁の場合、方面本部長が現場に行くのは第三出場以上だが、私は 第二出場以上は現場に行っていた。部下がどういう指示を出しているのか、他にどんな活動の可能性があったのかなどを検証するためである。

部下の能力を引き伸ばす

部下が持つ潜在的な士気を引きだそうとするならば、直接褒めてあげることが効果的だ。そして実践させる。現場で「この指揮をやってみろ」とリーダーを執らせるのだ。プレゼンも効果的だ。大勢の前で自身の行っていることを説明させる。さらには訓練などを計画段階から作成させ、それに基づいて実際に訓練を行う。また訓練や実災害での活動について反省点、問題点を提言させる。これらのことを行うと、部下の能力は格段にあがる。最近は、有志の若い隊員らで自主研究会を作り、新たなことに取り組む動きがあるが、アイデアは若者のほうが豊富である。こうしたチームで行う事も隊員の士気向上につながる。

懐疑主義であれ

よき消防のリーダーは問題解決者でなければならない。災害現場では、迅速な情報収集と判断が求められ、平時では各職員の人間関係についても解決していかねばらならず、基本的な姿勢は健全な懐疑主義であること、客観性を持つこと、変化への即応性をもつことなどが要件である。

懐疑主義とは、災害現場の事後検討などする場合に、十分な根拠が存在するまで「これでよかったのか」といった疑いの余地を残しておくという態度のことである。具体的には「あの進入は2階からでよかったのか? ヘリコプターを活用するべきではなかったのか?」などと様々な可能性を考慮し、安易に答えを出すのではなくよりよい方策を得る努力をするのである。また常に消防の各級リーダーは各種災害に備えて、自身が遭遇したことのない災害であっても、事前に研究を重ねておかねばならない。緊急事態の場合は時間との勝負である。そこで自分の観察を他の同僚とゆっくり検討している余地はない。

現場で求められる状況判断力、危険を察知する直感は自己研鑽で習得するしかない。隊員の命を預かっている以上は、隊員の把握は本気でやる。災害の後で検討会をやると、必ず「ここは危なかった」という場所がある。そういう場所は必ずもう一度現場に行って再認識することが大事だ。なぜそうなったのかを検討会で徹底議論し、自分たちの糧にしなければならない。

客観性を磨く

一般的に経験の豊かさはアドバンテージとして捉えられる傾向にあるが、災害現場を多数経験したからといって冷静に客観性がある観察ができるとは限らない。過去には新潟県中越地震で東京消防庁のハイパーレスキューが土砂崩れの現場から2歳の男の子を救いだし、消防がヒーローとして脚光を浴びたことがあったが、こうした強烈な成功体験は隊に大きな自信を与えると同時に冷静さ・客観性を失わせることにもつながる。これは一つの例だが、成功した活動に限らず、人の判断は過去の経験に左右されがちである。偏見や先入観、成功した災害事例(成功体験)、希望、恐怖などが作用して特有の知覚が生み出されることがあるのだ。このためあらゆる災害事例や指揮の状況は、活動後にじっくり検証し、リーダーとしての客観性を磨かねばならない。

変化への即応性を身につける

消防戦術は10年前とどこが変化したのか? と問われて即答できる人は少ないだろう。事実、基本的には変化していないのである。しかし、一方で情報処理や通信、消防機械、消防用設備、消防職員の素養、消防組織など活動以外の消防をとりまくあらゆるものは進化し続け、今後もその変化のスピードは1次曲線的ではなく2次曲線的に加速していくだろう。リーダーはこのような変化に適切に即応していかなければならない。東日本大震災では、緊急通報にツイッターが活用された。わずか3年前は、ツイッターの情報など信頼性がなく、緊急通報に値しない、と言われていたが、今この新たな通報形態が真剣に検討されている。このような時代の流れに即応することで救える命の可能性を広げられることも現代の消防リーダーに求められている。

理想は絆で結ばれること

優れたリーダーには、信頼関係が構築された部下がいる。私はその理想の形を消防団にみた。ある消防団長が残念ながら現役で亡くなられたが、執り行われた葬儀はまるで消防葬か企業役員のそれのようであった。おそらく全団員と地域の全分団長が参列し、その数は200名強。その参列者数と副団長の弔辞の言葉は、団長がどれほど団員らと切磋琢磨し、強い絆を築いてきたかを物語っていた。これは地元に密接した消防団の何十年にわたる団活動だからこそ成し得たことで 、定期的に人事異動する消防職員には容易ではない。しかしそれこそ、消防が目指すべきリーダー像なのだ。

次のページ:
これからの消防のリーダーに求めるもの

Ranking ランキング